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『WEB MAGAZINE 朱紺番』 2012/10

里深優太『コンバート・トゥ・コンバット ~復帰~』

投稿日時:2012/10/28(日) 01:44

 稀少な存在だからこそ。彼の存在が望まれていた。下級生次からトップチームを経験してきたレフティーの現在地。それはポジションも代わったことで

 

■里深優太『コンバート・トゥ・コンバット ~復帰~』
 

 

 


 あまりの不遇に、失意は頂点にまで達しようとしていた。告白する。「ラグビー辞めたいと思った」


 里深優太(教4)は苦境に立たされ続けた。降りかかった災難。始まりは去年のことだ。3年生次の5月、大怪我に見舞われた。それは1シーズンを棒に振るほどのもの。やっとのことで戻ってこれたのは年末、それも出場したのは練習試合1試合のみだった。


 「リーグ戦が始まってから同い年の3回生たちが試合に出始めたりしてて。嬉しい思いあったけど、そこに自分がいない悔しさもあった」


 プレーが出来なかったあいだ、フラストレーションは溜まっていた。思いは募ったプレーがしたい。


 「で、自分らの代になってやっとプレーが出来る!と」


 目に見えて分かる同期たちの成長への羨望に加え、楕円球への熱情。通常ならばプラスに働くそれらは、抱えていた分だけ大きかったのか、オーバーフローに至った。


 「最後の1年、早くAチームに上がってプレーがしたい思いが。気負いしてました」


 むかえたラストイヤー。シーズンが始まってまもない4月の部内マッチ。里深はボールを持った際に、後ろからタックルを受ける。倒れこんだ際に怪我を負った。負傷した箇所は前年度と同じ場所、しかしその痛みは前よりもひどく、そして外見でも容易に判断できるほどのものだった。すぐに手術へ移ったが、里深の胸中は絶望に支配された。「今年も無理か」と。そう思うのも無理はないだろう。苦難から解き放たれた矢先の〝再〟難。それでも絶望の淵から彼を前に向かせたものは何だったのか。


 「めっちゃ泣いたんですよ。怪我した日に電話とかメールとかいただいて。それ見て、みんなと試合出たいし、医者からも思ったより早い時期に復帰できると言われて。やっぱり頑張ろう、と」


 そこからまたしてもプレーから遠ざかる日が続いた。春シーズンは戦列に加わることがなかった。やはりフラストレーションの日々だったのでは


 「焦りとかあったんですけど、自分に出来るのはリハビリだけですし、復帰だけを楽しみにして。復帰したときは、どうしても気負いしてしまうのは自分でも分かってて。次は絶対楽しんでラグビーしよう!と。Aチームに上がりたいけど、たとえ下のチームでもラグビーを楽しみたい。そんな思いがありました」



 今夏、グラウンドには帰ってきた里深の姿が。ラグビーが出来ることの幸せをかみ締めていた。「一日一日、無駄にしたくないと。いまラグビー出来てることに感謝できる、その気持ちがあるんで、自分の身体を大事にしようと強く思ったし、ウエイトも身体のケアも今まで以上にするようになった」。ようやく里深のラストシーズンが始まった。


 彼のプレースタイルは、普段の温和な素振りからは想像できないほどのパワープレーと、珍しくもある左の効き足から繰り出される精度高いキックに代表される。ボールを少しでも前に運ぼうとする気迫に加え、稀少なレフティーとして、大学入学当初から層厚きCTB陣のなかでもトップチームに選出されてきた。身体が張れてキックが蹴れるCTBを少なからず自負していた。


 だが今年の夏、コンバートを命じられる。それは突然の通達だった。


 菅平合宿における最後の対外試合となっていた帝京大C戦。後半40分での出場が決まっていた里深はその前日に、予想もしてなかったSOでの出場を言い渡されたのである。「めっちゃ緊張しました。高1のときにちょっとやっただけだったんで」。


 実は関学ラグビー部に入部した折に、彼が就いたポジションはSOだった。それは司令塔として、チーム全体を動かす役割を持つ場所。「指示を出さないといけないポジションで、最初は自分の判断が正しいか分からへんし、自信持って言えないというか嫌で嫌で」。そうして6月にはCTBへ移ったという経緯がある。


 菅平で後半40分を経たのち、関西に戻ってきてから試合でハーフタイム40分。合わせて80分間ほどだがSOでプレーし続け、リーグ戦にはAチーム入りを果たした。SOとして。「(試合勘は)まだ不安なとこある。CTBなら全然いけるんですけど不安なとこ多いです」。リーグ戦を前に里深はそう口にした。けれども、こうも続けた。


 「最後なんで。Aチームにいさせてもらってるんで、そんなことも言えないですし、プライド持って。思い切りやりたいです!」


 ルーキー時代は持ちえてなかった自信。思い切って出来るようになった理由とは。


 「大学4年間やってきて多少なりとは自信持てるようになってますかね(笑)。同じ仲間とやってきたのもあるんで。分かりあえる仲間なんで、そのぶん思いっきりやれる、というのもあります」


 仲間の存在という後押しも受け、里深はSOの道を歩んでいる。CTBで培った己の武器は、ポジションを違えども変わらない。


 「自分はパス放って周りを動かしてゲームを作っていくタイプではないし、そういう面では上手い子は下にいっぱいいる。みんなとは違った形のSOを。自分から仕掛けて、チームに勢い乗せられると。この子が上手いからマネしよう、ではなくて自分の持っているものを形にしていきたい」



 リーグ戦を前に、ダメージは里深の身に、深く刻まれていた。それでも辰見康剛コンディショニングコーチにメニューを組んでもらい、時間さえあれば取り組んだ。筋トレに加え、左右のバランスを整えることに終始した。


 不幸にも重ねて痛めた左足にはテーピングがしばらく施されていたが、リーグ戦も3試合を消化し、すでに外せる状態にある。「最近蹴れるように。徐々に良い感じには」。


 里深の特徴である左足。右利きが大半ななかで、特異な左足キックというものは、相手にとっては対戦経験が
得られないぶん蹴られる方向の判断がつきにくい。逆に、攻める側としてはオプションも増え、陣地獲得に優位に働く。だから重用されるのである。


 いまSOとして、リザーブで投入されているのが現状。前まではスタメンの方がゲームに入りやすかったと話すが、これまでの苦難を経て心持ちは変化した。


 「4回生なってからは1試合1試合を、いつ怪我するか分からないんで、楽しみたいと。何の気負いもなく、途中からでも試合に入っていけてる。

 ポジション柄、蹴れないとダメ。試合後に言われてます、『あとはキックやな』と。最初から試合出るためにはキックが安定してないといけないので。時間あるときには自分で調整して、キックの調子も上げていきたい」


 絶望に暮れた日々からの脱却。残すは、失われた最後の1ピースを埋めること。帰ってきたレフティーは、新たなポジションのもとで、伝家の宝刀を静かに研いでいる。(記事=朱紺番 坂口功将)

松延泰樹『コンバート・トゥ・コンバット ~回帰~』

投稿日時:2012/10/21(日) 04:39

 それは必勝を期するための手段である。チームの戦術や思惑によって、プレーヤーたちは求められる役割やポジションが変動する。それでも、彼らが戦うことに変わりはない。

 

■松延泰樹『コンバート・トゥ・コンバット ~回帰~』
 

 

 ボールが渡れば、観客の視線が一気に集中する。少しでもギアを上げ、ゲインすれば歓声が沸きあがる。それが、エースといわれる者の証。松延泰樹(商4)は間違いなくその域にいる。昨シーズンに見せたWTBとして活躍する姿を、人は重ねて眺める。ライン際でも密集でも突破していき、やがて奪い取るトライを彼のプレーに見る。その彼がいま、最後のシーズンで『13』番をつけている。WTBではなく、CTB。リーグ戦を前に、当の本人に胸中を聞いてみた。


 「嫌やったですよ!」


 浮かべる苦笑い。確かに、ラストイヤーとなる今季も、春シーズン開幕から常にWTBを担ってきた。もはや定位置、同じくWTB金尚浩(総経2)とFB高陽日(経2)で形成される彼らは大型バックスリーとして確固たるものとなっていた。CTB松延、違和感はあった。自身はどう受け止めていたのか。


 「2年生以来。CTBやってて、無理やったからWTBになったのに。最後の大事なシーズンでWTBとして出たい気持ちもあって。CTBやることに不安もプレッシャーも」


 そうだ、もともと彼のポジションはCTB。曰く、「太朗(吉原=人福4=)みたいに突っ込むタイプ」。ガタイの良さから、当たり負けしない強みがあった。それに加えて備わっていたスピードを買われ、WTBに転向した。それを機にブレイクを果たし、エースと呼ばれるまでになった。むろんラストイヤーも、と思われていたが今年の夏、再度CTBへと戻ることになったのである。


 「1次合宿のちょっと前からですね。メンバー選考も兼ねてその時期CTBに怪我人が多くて、熊野さん(BKコーチ)からも『ひとまずやってみて』と言われて。アンガスさんも『いいじゃん!』と。そっから抜けれず(笑)」


 一見すればその場しのぎの応急措置。だが、事実はどうやらそうではない。松延のCTB起用を目論んでいたのは、マコーミックHCかもしれないのだ。HCが語った松延評。


 「ノブのCTB、面白いね。速いし、身体大きい。ディフェンスもカバー広い範囲で出来る」


 マコーミックHCは、CTBとしての松延泰樹をかねてより思い描いていたのである。
 


 「アンガスさんからは『足も速いから、勝負していいよ』と」


 勝負せよそれがHCがエース〝元〟WTBに下した指令だった。だがコンバート当初、松延はCTBとして求められているものと自身のなかでのイメージにギャップを覚えていた。


 「CTBとしてトライのイメージがそこまで無くてちょっとでもゲインして、つなげる。そのイメージがあって、それでやっていたんです。そしたら、アンガスさんから『もっと勝負しろ』と」


 彼自身が抱いていたCTBへの不安点。アタック面に関してスキルは無いのだと自認する。それでも転向するにあたっては器用さも必要と踏んでいた。しかし実情は違った。マコーミックHCもといコーチ陣、チームが彼に求めていたのは、あくまでもウインガーとしての要素。ずばり『強さ×スピード=突破力』の方程式。それに気づかされたとき、彼のなかで不安も和らいだという。


 「みんな分かってくれてる。『突っ込んでくれたらいい』って言われているので、気持ちも楽です。

 WTBに比べたら不安しかない。けど消極的なってミスするくらいなら、と。CTBでもWTBと同じことできるんや、ってね。CTBやから、って気持ちに捕らわれることなく、やっていくんやと」


 ふっ切れた、いや腹をくくっていた。「4回生、わがまま言えないです。チームのためにやるしかない」。その言葉に偽りはないだろう。


 ただ、WTBからCTBへの転向に際して、フィールドで感じる違いはあるようだ。


 「WTBのときは、とにかくボールが欲しい、はよ回してこいって思ってたんスけど。いまCTBやってて、ここではどうしようもないから放ってくんな、って(笑)。自分でも勝負しつつ、冷静な判断してプレーすることが課題です」


 課題に挙げた判断力。CTBは役割が多いぶん、瞬時の判断とそれに足るスキルが要求される。松延が「技術ない」と話す一方で、それを手助けする心強い存在がチームにはいる。CTBの相方、春山悠太(文4)だ。「悠太に動かしてもらいつつね」と松延は話す。その相方は、新生アウトサイドセンターをどう見ているのか。


 「始めは太朗とずっと組んでたんで不安もあったんスけど。太朗が密集での強さを持っているのに対して、ノブは足が速くて横を大きく使えるプレーヤーで。最初は活かし方のギャップにとまどった。

 いまはノブと話して、特徴掴んで。ぼく自身も助けてもらっているし、すごいやりやすい。ノブをしっかり、どの場面でも活かしてあげたい、と。

 アンガスさんが選んだ理由が分かった。ずば抜けたスピードあるし、サイズもあって、ディフェンスも上手いしすごいっス」


 この頼もしき活かす側の存在を持ってして、CTB松延は研ぎ澄ましている。ポジションが違えども、インゴールへの嗅覚を。


 「いかに悠太に活かしてもらいながら取るか。トライへのイメージがないと抜けないんでね、イメージありますよ!」



 始まった最後のリーグ戦。開幕して2戦、トライこそ無いもののボールを持てば、歓声が沸きあがる。リーグ戦初白星を得た同志社大戦が終わり、松延は語った。


 「WTBのポジションでボールもらったりもしたので、自由に。アタック面では、もっとボール持つべきだなと。

 (歓声を聞き)みんな期待してくれてんからと分かってるんスけどミスしたことを考えたら。けど消極的になるのはアカンので。思い切ったプレーは、ダブルスコアくらいになったら、のびのびと出来るかな(笑)」


 まだ若干の不安要素はある様子だが、チームそして周囲は、待ち望んでいる。密集などお構いなしに突っ込んでいく姿、豪脚を披露して相手ゴールを陥れる姿、を。どのポジションについているのかではない。松延泰樹という一人のラガーマンに、期待と興奮を抱いているのだ。(記事=朱紺番 坂口功将)

金尚浩&畑中啓吾『両翼が強く羽ばたいた日』

投稿日時:2012/10/15(月) 03:13

 開幕戦黒星から1週間。続く第2戦で、あわや暗礁もちらついたチームを救ったのは、両端に構えるトライゲッターだった。同志社大戦白星の立役者は、金尚浩(総経2)と畑中啓吾(商3)、両WTBだ。

 

■金尚浩&畑中啓吾『両翼が強く羽ばたいた日』

 

 予想を超えていた。対峙する同志社大の展開力が。グラウンドの横幅を端から端まで使い、人とボールが動く。そのスピードに、加えて当たりにいっても止まらない強さに、動揺が生まれた。あれよあれよと2本のトライを許した前半15分間を副将・松延泰樹(商4)は振り返る。
 

 「自分たちの立ち上がり悪かったのと相手が対策以上に、個々の強さ、ラインスピードが速くて。そこだと。

 正直、去年と同じ展開も考えた。先週負けてた焦りもあったんで」


 昨年の同志社大戦。序盤に許した失点から、ずるずると得点を許し、勝負は決まった。それと同じ光景が、グラウンドに立つプレーヤーたちの脳裏をよぎった。速さに翻弄され、ダブルタックルでも仕留めきれない。ディフェンスラグビーを標榜しながらも、受け手に回っている時間帯で生じるジレンマはやがて焦燥感へと形を変えていた。


 「このままでは去年の二の舞になるな、と。FWでもBKでも、とにかくディフェンスを起点に仕掛けたい」


 チームが泥沼に引きずり込まれそうになるなか、WTB金尚浩はうかがっていた。反撃に出るチャンスを。カウンターで仕掛けていくイメージを固めていた。


 「ノブさん(松延)たちからも、『ボールが来たら、思うようにプレーしたらいい』と言われてたんで。思い切って勝負!と」


 前半20分、自陣でボールが尚浩の元へ回ってきた。WTBとしての見せ場が、訪れた。まずは外へ、相手WTBを片手で抑えながら振り切ると、そこからライン際を駆け上がる。後続のディフェンダーが掴みきれないとなれば、歓声も次第に上昇。大歓声が沸き上がるなか、相手SOが前に現れるや、角度を変え、内へ切り込む。捕まらない。今度は真横からディフェンダーがくる。尚浩はワンハンドで相手を制止しようとするが、決まらない。いよいよ捕まったか


 「圭佑が最後までついてきてくれてたんで」


 ビックドライブの果てに、尚浩はバックフリップでパスを送った。相手は、会心の笑顔を浮かべながら追走していたナンバー8中村圭佑(社2)。パスを受けた中村は悠々とインゴールへ。カウンターからの一閃。「ゲーム前にしていたイメージトレーニング通りに。ひとり抜いて、と」。快足WTBの疾走は、相手の防御網だけでなく、それまでグラウンドを支配していた暗いムードをも切り裂いた。反撃の狼煙(のろし)が、上がった。


 続く23分、敵陣でのマイボールスクラムから、外へ展開。的確にパスをつないでいくと、FB高陽日(経2)から一番外にいた尚浩へボールが渡る。


 「もらった瞬間、ゴールが見えてて。コースに走りこんで。トライするだけだったらいけないと思って、中央まで」


 インゴールに到達するだけでなく、追い討ちをかけるようにポスト裏まで走り抜けた。反撃から逆転まで。前半のハイライトを、尚浩の足が飾った。



 その「11」番の活躍に触発されたか、同じWTBとして逆サイドに構える「14」番・畑中啓吾もふつふつと闘志をたぎらせていた。前半も残すところ10分ほど、同志社大がPGで1点差に迫ってきた場面。自陣でのターンオーバーから一気に相手陣内へ。左サイドから中央へボールが渡り、SO安部都兼(経4)から畑中はパスを受ける。前を向くと、相手のディフェンスラインはきれいに揃っていた。選んだのは、正面突破。「やばいかな」と思いつつも同大のナンバー8に真っ向から当たっていき、負けずにゲイン。そこから軽快なステップで2人を裁き、ゴール中央へ飛び込んだ。
 

 「相手も予想してなかったんじゃないですかね!?」


 得意気な顔で追加点を語る。もとより小柄な体格なぶん、ウェイトトレーニングは常に意識してやってきた。「まわりに大きい選手がいてるなかで、絶対に鍛えなあかんとこは鍛えて」肉体造りに励んできた。スピードも速いわけではないと語るぶん、ステップで相手をずらすスタイルを磨いてきた。まさにWTB畑中の強さと強みが発揮された得点シーンだった。


 個人技で取ったトライの次は、「チームで取った」トライだ。後半5分、味方が外へ外へとボールを運びライン際でパスをもらうと、あとは前を行くのみ。「相手いてなかったんで」と話すが、このときも2人のディフェンダーをかわし、弾いてのプレーだった。


 畑中の活躍はトライだけにとどまらない。要所でキッカーとしての役目を託されている。後半13分、好位置で相手ペナルティをもらうと、PGを選択した。「確実に蹴れる位置で。キャプテンとも話し合って、確実に取れるとこは点取っていこうと」


 開幕戦でもPGを成功させており、「今年は安定している」と話すだけに自信を見せる。この日も成功させ、追加点を足で叩き出した。



 両WTBの大車輪の活躍によって勝利を収めたリーグ第2節、同志社大戦はBK陣が存在感を見せつけた。「尚浩のトライもあって、数少ないアタックチャンスでシンプルにトライを取ることが出来たのが」良かったと松延。副将が信頼を置くバックスリーが中心となってゲームを動かした。前節の悔しさも、彼らのギアを一段と加速させる一因だった。尚浩は話す。
 

 「前の試合では2回しか触れず。今日はボールもらいにいこうと。

 天理大戦はチームのFWに助けられた部分が大きくて。同志社大は8番とか重量級のFWがいるから、今度はBKがFWを助けてあげようと思っていた。グラウンドを広く使って振ってくるのも分かってたんで、BKが視野を広く持って、引きつけてディフェンスしていこう、と」


 尚浩自身はスピード、そして何より185センチの長身を武器に大型WTBとして今シーズン初めからレギュラーの座を不動のものにしていた。安定感、そこには常に全力プレーを心がける姿勢がある。「全試合通して自分のプレーが出来るように。ボールをもらったら、思い切って走ったり、タックルでもまわりとコミュニケーションを取って。自分の身体とモチベーションも高く保って、全試合100パーセントの気持ちで臨んでいます」


 リーグ戦に入り、レギュラーであることを、より意識している様子。「150人のなかで選ばれるのもなかなか。選ばれなかった人のためにも、楽しもう、勝とう、と思います。アンガスさんからも『レッツ・エンジョイ!』と言われていますし」


 前節と打って変わって、フィールドを駆け抜けた同志社戦。さぞかし楽しかったのでは?


 「すごい楽しかったです!」。満面の笑顔をはじけさせた。



 一方の立役者、畑中も開幕戦の屈辱をばねに、この1週間を過ごしてきた。初戦で務めたキッカーとして、舐めた苦杯。「1本1本が大切やと意識してたんスけど、2本外して結果2点差で負けた」


 天理大戦の試合後、彼は唇を噛みしめながら口にした。


 「ぼく自身悔やんで、落ち込んでても仕方ないんで。次に向けて、もっと練習して。4回生の思いもあるんでね。次!次にむけて、やっていきたい。

 責任感じてますけど、、、向上していきたいと」


 それから1週間の間、プレースキックの練習時。とくだん量を増やすようなことはせず、一本ごとに集中力を高めて蹴ることにした。キック〝1本の重み〟を知ったからこそ、である。


 話すに「(自分は)緊張するタイプ」。張り詰めた緊張感が支配するプレースキックの場面、畑中はとにかくリラックスして蹴りにかかるという。「入れなあかん、という考えではなくて、気楽に。気負ったら力んで外してしまう」。


 自らを落ち着かせることで、〝1本の重み〟をその右足に宿すことが出来るのだろう。「今日もリラックスして、1本1本集中して、蹴れました」。畑中は、同志社大戦をそう振り返った。


 輝きを放った両WTB。タイプが違う2人は、トライを取るという共通事項のもと、それぞれの役目をまっとうするべくプレーしている。尚浩は「2回生が引っ張っていけたら。4回生が僕らのケツは拭いてくれる、と言うてくれてるんで(笑)。思いっきり楽しんでいきたい」と声を弾ませる。畑中はこの日コンバージョンキックを1本外したことを引き合いに「トライを取るのが仕事。それプラス、キック蹴るのが自分の役目。100パーセント成功、それが僕の役目としてある。100パーセント、自分の仕事をこなしたいですね」と意気込んだ。


 関学のチームロゴである、KGで模されたイーグル。この両翼をもってして、藤原組は頂点へむけ、力強く羽ばたいてゆくのである。(記事=朱紺番 坂口功将)

観戦記『想定内と想定外のシナリオ ~vs天理大学~』

投稿日時:2012/10/08(月) 03:46

 息が詰まるほどの接戦となった開幕戦。いまだから明かすことの出来る、この一戦にかけた各々の思いを完全告白。そうして挑んだ果てに、喫した黒星はチームに何をもたらすか。

 

■観戦記『想定内と想定外のシナリオ ~vs天理大学~』

 

 「萩井さんとアンガスさんは、天理大戦、どんなイメージ持ってますか?」


 9月半ばに行なわれたリーグ戦を前にした最後の合宿。練習が終わった直後の、夕食でのことだ。副将の安田尚矢(人福4)が、隣に座った萩井好次監督に聞く。同じテーブルには、主将・藤原慎介(商4)と同じく副将の松延泰樹(商4)の姿がある。少し間を置き、萩井監督が答える。


 「天理大戦に限らず、FWで2トライ、セットプレーから2トライ、ターンオーバーで2トライを。ただ天理を相手に6本は難しいと思う。

 FWで2本、セットで1本、ターンオーバーで1本取って。20点取られると厳しいな」


 すなわち、被トライ数3がボーダーライン。4本目を喰らうと勝利は遠のく。その数字に、以前に安田がチームの現状を話していた際の台詞を思い出す。


 「接戦に持ち込める自信はある。アタック力あるチームに対しても、3トライ以内には。けど


 シーズン当初から磨き続けたディフェンス力。ゆえにロースコアゲームは大歓迎。接戦になってこそ、勝利への道は開ける。自分たちの目指すラグビーは決まっていた。


 そして、もう1つ。今シーズンにおいて定まっていたことがある。それは、関西大学Aリーグの初戦の相手が、前年度関西王者の天理大学であるということ。昨年の成績が反映される対戦カード。開幕戦は前年度1位と5位が例年対戦する。


 その確定事項について、開幕戦の2日前、主将はあっけらかんと言い放った。


 「もう決まってたことなんで!言っててもしゃあないですから。春から分かってたんで、それに合わせてチームの固め方を。あとは、やるだけ」


 割り切るしかない。初戦の重みがいっそう増したことも、好材料に変えるのみ。主将は息を巻いた。


 「勝つつもりでいるんで。勝ち方のことしか考えてない。天理はどのエリアからでもトライを取りきる力を持っている。どのエリアでも気が抜けない。ちょっとした油断でやられてしまうので、80分間必死でディフェンスしたいです」


 関学のチームカラーが防御なら、天理大の特筆すべき点は攻撃。様々なシチュエーションから展開し決定打を浴びせるアタック力。その中心となるBK陣を、CTB春山悠太(文4)はこう分析していた。


 「あれが日本一のBKやと思います。みんな上手いっスよね、あそこ。全体のスキルにパス、ラン、全員がレベル高い。突破できる13番がおって、SOはまわりを活かすことに徹している。ひとり一人が自分の仕事を分かっていて、高いレベルでまっとうしている。歯車がかみ合っている」


 真正面から、正直に受け止めていた。その強さを。今春の対戦では白星を挙げていたが「あの頃より強い選手が戻ってきているし、チームの出来上がり方も凄いっスよ」(春山)。対戦を前に、彼らが穴の空くほど相手を見ていたことは想像に容易い。


 実際、アンドリュー・マコーミックHCも数週間前から分析班より天理大のビデオを受け取り、チェックしていた。


 「対帝京、対流経、対東海、をね。向こうのテクニックやサインも見て。展開が早くて、テクニックがうまい。けど組織の動きはシンプルだし、凄い印象はない。精度は高いけどスクラムとかセットプレー、あとゴール前のディフェンスが足らないかな。あ、これはいつ書くの?(試合が終わってからです。)オッケー」


 臨戦態勢は整っていた。ゲームに臨む選手たちからは「自分たちのやってきたことをやるだけ」が共通して聞かれた。それは自信ゆえ。一貫して取り組んできたディフェンスへの自負。強敵相手にも、確信があった。春山は声を上げた。


 「(勝てるイメージは)ありますね。きっちりありますよ!FWでプレッシャーかけて、相手下げさせて、最後BKで」


 ただ一抹の不安もあった。それは、自分たちのやってきたことを〝やれなかった〟場合。春山は続ける。


 「自分たちのやってきたことを出せないこと、出させてくれないことに不安が。それに克てたら。出したら勝つ、そこの強いイメージはある」


 自分たちを、自分たちの歩んできた道を信じるのみだった。



 いつしか関西の覇権争いを演じるのは朱紺と黒のジャージになっていた。関学が関西制覇をかける試合の相手は決まって天理大だった。その決戦が、今年はオープニングゲームになった。10月7日、花園ラグビー場。火ぶたが、切って落とされた。


 開始早々に先制点こそ奪われたが、前半20分あたりで繰り広げられた自陣ゴール前の攻防。相手のFW陣を必死で食い止める。「前半、関学のスタイルが出せた」と主将。そう、ディフェンスだ。上半期、このシチュエーションでゴールを割らせたシーンは、無いといっても過言ではない。あれからさらにチームは進化し続けたのだ。関学FW陣も「最近なってゴール前のディフェンスを強化しよう」(藤原)と貪欲だった。開幕スタメンに立ったHO金寛泰(人福2)も振り返る。


 「9月、FWは朝も夕方もかなりハードな練習をして、自信ついた。今日もゴール前で危ないとこはあったけど、強みのディフェンスと、FWでしっかり勝負出来たので。手応え感じました」


 息詰まらせる攻防の果て、自陣を割らせることはなかった。相手の反則を誘い、陣地を挽回。そうして前半も残すところ10分、朱紺のジャージが反撃に転じる。


 前半33分、相手ゴール寸前でFWが粘ると、最後はナンバー8中村圭佑(社2)が敵陣を陥れる。コンバージョンも決まり逆転に成功、続く37分、敵陣内で相手ペナルティでボールをゲット。ここで、チームはPGを選択する。キッカーを命じられたWTB畑中啓吾(商3)も「それまで蹴ってて、良い感触あったんで。FWとも話し合って、蹴りました」。蹴り上げられた楕円球は、ポストの真ん中を貫いた。


 前半終わって10-5。互いに1トライのみのロースコアゲーム。「関学らしいゲーム展開になっている、と。しっかりディフェンスして、取れるとこは取って。後半に臨んでいこう」。ハーフタイムで、主将はチームにそう説いた。


 そうして始まった後半、試合はシーソーゲームの様相を呈していく。後半5分に天理大が逆転。だが、徐々に敵陣でのプレーを増やしていた関学がプレッシャーをかけていく。後半15分、ゴール前でのマイボールスクラム。「セットプレーは心配ない」とマコーミックHCが話していたように、あっさりとFL徳永祥尭(商2)がトライを決める。再度、リードを奪った。


 決めた2トライは、相手のウィークポイントで確実に仕留めたものだった。つくべきは『ゴール前のディフェンス』、HCの狙いは見事に的中した。


 シナリオは出来上がっていた。それも想定どおりの。しっかりと守り、取るべきとこで取る。まさに主将がチームに話したこと。あとは、最後まで徹底し続けるのみだった。


 が、しかし。後半27分、やはり警戒すべき相手のストロングポイントに打ち砕かれた。ターンオーバーから相手BK陣のゲイン。先制点を上げた留学生CTBの突破力を警戒してか、ややライン際の防御網が緩くなる。そこへパスがつながり相手WTBが大外一気。リードは3たび、変わった。


 残すは10分強。3つ目のトライを目指して関学は走る。けれども、リードが覆ることはもう無かった。


 「ペナルティですね。同じ反則を2回も繰り返したりで。もったいなかった」(藤原)


 攻撃のチャンスは幾度とあった。しかし、決定打となる前に自らのミスでチャンスを逃した。後半ロスタイムのラストプレー、ボールを獲得するも、焦りがあったか、早〝すぎる〟パスワークでボールがこぼれた。そして、勝利も。



 「ワンプレーの精度ですね。こだわり持ってやっていたら。取られたトライも、自分たちのミスからのトライで。精度の差だったと」


 この日、体を張ったディフェンスとトライで存在感を光らせた徳永は敗因をそう語った。自分たちのほんの小さなミスが、取りきれた場面、抑えきれた場面で積み重ねられたことで、最終的には大きく響いた。


 試合後、クールダウンに入る直前、マコーミックHCは主将の傍に寄り、こう話したという。


 「決して悪くないゲームだった。良いとこもたくさんあった。やってきたことも間違いない。ただ、ペナルティ。反則を無くすための練習をしよう」


 黒星という事実は揺るがない。だが、『15-17』というスコアは、それ以上の意味合いを持っている。4本目を奪われなかったこと、20点以内に抑えたことは、かつて萩井監督の想定したシナリオ通りだった。


 一方で、冒頭で述べられた安田の台詞の続きも、いまリンクする。「けど、ディフェンスも強いチーム相手に3本取る自信はない」。春シーズンは徹底的にディフェンスを磨いたからこそ攻撃面には着手していなかった。その点を自認し、夏を経て、アタック面でも着実にレベルアップを果たしていた。


 「自分たちのやってきたことは出せた」。試合を振り返り、選手たちは口を揃えた。3本目のトライが奪えなかったのは、主将が「直接的な敗因」と述べたペナルティそして精度という想定外のポイント。それが、分かったことが開幕戦の収穫だ。


 今日、ピッチで誰かが叫んだ。「これで全部終わったわけちゃうぞ!」


 グラウンドから引き上げ、競技場の外でのチームの全体集合。輪の中で、主将も力強く声にした。


 「俺たちが目指すのは日本一やし、リーグ戦を通じてまだまだ強くなれるから!」


 頂点を目指す闘いは、いま始まったのだ。下を向いている暇などない。


 リーグ開幕戦を控えた先週。週初めはどこか緩い雰囲気もあったが、ふと全体が引き締まったものに変化したという。その切り替えが出来るのならば。


 部員たちに問う。一発目の練習となる火曜日の朝、君はどんな顔でグラウンドへ来る(記事=朱紺番 坂口功将)

アンドリュー・マコーミック『赤鬼は、優しく微笑む。』

投稿日時:2012/10/05(金) 23:09

 例年以上に話題に上る関学ラグビー部。今シーズン、上ヶ原の地に君臨した男の存在が、人々の視線を集め、期待を高まらせている。日本ラグビー界における歴戦の勇士、アンドリュー・マコーミックが、朱紺の闘士たちに薫陶を授けているのである。

 

■アンドリュー・マコーミック『赤鬼は、優しく微笑む。』

 

 上半期に行われた大学定期戦での一コマ。試合後に両校の選手たちが、レセプションにて交流を深めるのは、いつもの光景。軽食とともに振る舞われるアルコールも、メンバーたちの気持ちを高揚させる。ついつい飲み過ぎたか、顔を真っ赤にさせた4年生部員が声を上げた。


 「これからは僕が赤鬼を継ぎます!!」


 高らかな宣言に周囲も大笑い。その姿を見て、コーチ陣がにやけながら、「こう言っているけど」と、一人の男に投げかける。振られたのは、おおよそ体格もがっちりとした、それでいて白い肌に、青もしくはグレーいや茶色か、何ともいえない澄んだ瞳で、その風景を見つめていた男性。ジャケットからのぞかせる首元には朱紺色のネクタイが締められている。


 男の名はアンドリュー・ファーガソン・マコーミック。交流ある者は彼を「アンガス」と呼ぶ。かつて桜のジャージを身に纏い、一国のキャプテンをも務めたラガーマン。舶来の闘将、激しいプレースタイルから、ついたニックネームは『赤鬼』。


 そう、いまの関学には鬼がいるのだ。


 「入るとは思ってなかったけどね」


 関西学院大学体育会ラグビー部ヘッドコーチ就任という衝撃的ニュースから半年。大学のグラウンドに併設されたスポーツセンターにて行なわれた1次合宿でのインタビューで、マコーミックHCはそう振り返った。3年前、当時トップウエストに属していたNTTドコモ・レッドハリケーンズのHCに就任してから、チームの本拠地が大阪だったこともあり、合同練習や練習試合で関学と接することがあった。胸を貸す立場から見て、そのときの大学チームの印象は


 「一生懸命やっているチーム。ゲームへの準備とかける時間、アップと組織の点が良かったです。

 ゲームになったときは、力・サイズの問題があったと。それでも良いプレーはあった。それを80分やるのは大変。やっているラグビーは悪くないが、ひとり一人の接点で負けていたかな」


 当時のイメージと、いま直接関わるなかでの実状とを刷り合わせ、丁寧に日本語を紡いでいく。


 「あと、若さ。ラグビーをやっている時間が、社会人はそれこそ10年くらいプレーして身体が出来ているから。けど、いま学生のなかでも1年生と4年生で身体は違う。1年生はまだまだ大きくなると思うし。徳永(FL=商2=)は4月と身体が全然違う。最初ガリガリだった(笑)。大学生はまだ身体が出来上がる、その最中ね」


 NTTドコモ、その前はコカコーラウエスト、と数多の社会人チームに指導者として携わってきたなかで、リーグ昇格といった輝かしい成果を残してきたマコーミック氏。その経歴において、学生のチームを指導するのは初めてのこと。これまでの練習の場で様々な大学チームたちと触れ合うことはあったが、そのなかで「印象が良かった」と話す関学に巡り合った。「社会人ラグビーをずっとやってたので。大学、面白いなと」。


 そこにあるのは『アンドリュー・マコーミック』というラガーマンを形成する、一つの純心。


 「チャレンジ、大好きです」



 楕円球の王国から赤道を越え東洋の島国へと渡ったのも、ずばり新しい環境への挑戦だった。生誕の地は南半球のニュージーランド。祖父・父はともに母国の代表、言わずと知れた『オールブラックス』に名を連ねてきたという家系で生を授かった。受け継がれたDNAは、必然として黒衣への憧れを芽生えさせる。しかし、それが叶うことはなかった。当時23歳、クルセイダーズ(カンタベリー州協会)の主力だったマコーミックは代表選考(『オールブラックス・トライアル』という)にて落選。王国への条理において、挫折を味わったのである。「それから2回挑戦するも結果はだめでモチベーションも下がっていた」。彼は王国から飛び出ることを決断する。選んだ先は、日本だった。


 「海外でラグビーするときも、周りから色々言われたけどね。イタリアとかも選択としてあったけどそこはラグビーオンリーだった。僕自身まだ若いから仕事でもチャレンジしたくて。東芝が仕事とラグビーの両方が条件だった。その形は日本だけ。面白いな、と」


 母国ニュージーランドを始め、楕円球が文化として刻み込まれている環境に敬意を払いながらも、それだけではない、一人の人間として成長する道を選んだのである。


 東洋の地に降り立った彼はここから日本ラグビー界において輝かしく確かな足跡を残していくことになる。96年、社会人リーグの東芝府中に入団。1年目は規則により公式戦に出ることは出来なかったが、2年目からは晴れて出場へ。この年、チームには強力なBK陣が揃い、「メンバーが合った」と話すマコーミックもCTBとしてその一角で活躍を見せる。果たして、それからの東芝府中の日本選手権3連覇に貢献。社会人ラグビー界における一時代を築くとともに、自身はさらにその上のステップへと進む。99年のW杯にむけて結成された、かの〝天才〟平尾誠二氏率いるジャパンのキャプテンに任命され国際試合を戦うことになったのである。それは日本ラグビー史で初の出来事だった。


 国の代表とは、ラガーマンとして目指す高峰。彼が手にしたのは、黒一色に銀のシダが縫われた王国の装束ではなく、紅白のストライプに桜のエンブレムが刻まれたジャージだった。それでも、マコーミック氏は断言する。


 「ジャパン代表のキャプテンをやれたことは、すごい誇り。生まれたときから、お祖父さん父親がオールブラックスで、まわりはみんな自分を知っている環境でした。けど、日本は誰も自分を知らない世界だった。自分が変わらないと、と思ってラグビーを続けた結果だったから」


 その後、2度の引退を経て日本ラグビー界には、それまでと違う立場で関わっていく。母国に帰省しながらも、飛行機で通い続けたコカコーラウエスト時代は臨時コーチとしてチームのリーグ昇格に貢献。続くNTTドコモの監督就任にあたっては、家族ごと日本へ住まいを移し、こちらもリーグ昇格を遂げた。チームを次のステージへと押し上げる功績、人は彼の背中に『勝利請負人』の肩書きを見た。


 あれから3回ものW杯が開催され、2012年、マコーミックは次なる指導の場に全くの新天地を選んだ。関西学院大学、大学生というカテゴリー。



 「常に見られている環境というのは大きいです」


 マコーミックHC元年、主将を務める藤原慎介(商4)はその影響力をそう話す。ある種の伝統でもあった、関学独自の「学生主体」の体制。フルタイムで指導にあたる存在はこれまでいなかった。新しいHCは、それを埋めるピースとなった。それも、とてつもなく重要な。


 「4回生だけで進めていくと、甘えが出てきてしまったり。下の学年の子も、ゆるい気持ちが。フルタイムでいてくれることで、引き締まって集中できている。

 説得力があって、言うことがチームに入ってきやすいです」


 常に近くにいて、自分たちを見てくれているという存在は、やがて信頼を生む。信頼があるこそ、練習メニューやメンバー選考にも納得がいく。この春、早くからチーム内で意思統一が成されていたのも、この環境が与えたものが少なからずあるはずだ。


 藤原組で構築された新しい体制は、絶対的信頼のもとで回っている。むろんベースは学生たちの意思。取り組むメニューは、週初めの火曜日に監督、HC、そして4回生の幹部で話し合われる。そうして火曜日の昼には4回生と下の各学年の幹部に、そこからチーム全体へと落とし込まれていく。跳ね返ってくる学生たちの意見も取り入れながら、練習メニューを考えていく。マコーミックHCも、メニューの意図をきちんと伝え、指示を出す。「アンガスさんを信じて。チームの方針を、迷いなく進めていけてる」と主将は全幅の信頼を語った。


 半年間で、それほどまでの関係を築けた理由とは。その人が持つオーラも、もちろんあるだろう。ラグビーに通ずる者であれば、一度は聞いたことがあるビックネームだ。だが、いまの学生たちにとっては「アンドリュー・マコーミック」の現役でプレーする姿というのは、おそらく物心がついたばかりの頃になるはず。実際、高校からラグビーを始めた藤原も「凄さは知らなかった」と漏らす。


 「学生のHCをやるのは初めてだから、今までと同じやり方では困るね。選手たちの気持ちと僕のやり方、その2ウェイを合わせて」


 そのために、何よりも大事にしているのはコミュニケーションだとマコーミックHCは話す。遡れば、彼が日本のグラウンドに降り立った際も、最初は言葉の壁が立ちはだかったという。しかし「会社だったり、遊んだりで一緒の時間を増やした。話すのを見るだけで覚えていくしね。あ、日本の彼女にアタックするためにも日本語を覚えたよ!(笑)」。


 同じ時間を過ごしていくなかで、必然として会話が生まれ、濃密な関係へとつながっていく。ふとしたグラウンドでの一場面、部員たちに愛称で呼びかけ、話す姿があった。SO土本佳正(社4)には「ツッチー!」との具合で。


 総勢150人超の部員を前に「時々、名前が出ない」と罰が悪そうな表情を見せたが、親指を立てた。「でも、覚えています。彼らをニックネームで呼んで。僕が来てから4ヶ月一緒にいるからね」。さしずめアンガス流コミュニケーション術といったところか。


 そこから、欲しいのは部員たちからの働きかけだとマコーミックHCは語る。「自分の思うことは言って欲しいし、どんどん言ってくれたら。私たちチームなので。毎日練習で合うし、僕も事務所にいるので。壁が無い、ノーウォールで。けど、僕の変な日本語で困らせているかもね(笑)」。



 コミュニケーションの大切さを説かれた一人に副将の安田尚矢(人福4)がいる。


 「常に取れ、と言われています。副キャプテンは、チームとして何をせなあかんかを一番分かっとかなダメなポジションで。とにかく言い続けなあかん、と。


 プライベートでもアンガスさんとコミュニケーションを取って、『ヤスの思っていることを話して欲しい』と。


 すごい頭の柔らかい人ですよ。メニューも『僕はこれが良いと思うけど、どうかな?』って、その理由も詳しく言ってくれる。学生ならではの意見もこっちから言うし、それに同調もしてくれる」


 双方のベクトルが交差し、一つの大きなベクトルへと変わっていく。「自分の考え方だけでは、ね。教えられる技術面とそれ以外のとこはスタッフと話して、聞いて考えて良い方法で。スタッフのサポートが無いと困ります。


 選手だけで125人いて、組織面はすごい難しいけど、僕もまだまだ勉強中。色々とやり方あるね。毎日が楽しみ」とHCは目を輝かせた。


 これまでと違った、新しい環境に身を捧げている。社会人から学生へ。かつてはトップリーグ昇格を託された。今回は、日本一。それでもコーチとして果たす責務は変わらない。それは「状況も環境も違うので、比べられない」ものではあるが、勝利の先に目指す結果があり、結果のために目の前の勝利があるという定理は不変だ。


 いま関西学院大学ラグビー部の置かれている環境にも、さらに良くすべき点があるという。だからこそ「結果が出せば変わるかもしれないし、結果を出すためにも変わることが必要。どっちの考えもあります。まだ日本のトップ4にもなってないからね」


 勝利請負人の看板を背負っている以上自らの使命をはっきりと胸の内に宿している。「本当に毎日が大事。僕自身が、大学のコーチとしてどこまで伸びるか、を考えている」。


 アンガス効果は確かに存在している。ラグビーのスキルを始め、チャレンジ精神、コミュニケーションの重要性、学生たちが学べることは多い。そして、ラグビーをプレーするうえで欠かせないものがある。それは、ファイティングスピリットだ。


 ジャパンを経験した者が語る、その台詞のなんという重さ。「テストマッチは、いつもとは違う気持ちが必要。絶対負けない、というね。相手も同じ気持ちでくるから。

 学生たちにも勝ちたいという気持ちはあると思う。勝つ為にやっているという選手の気持ちが大事なんです」。


 死に物狂いで勝利を目指すという気持ち。その闘志のエッセンスを、指導するチームに、もたらしたい。


 関学にも? 「作りたいな


 そう口にしたときの目の鋭さ。これが、赤鬼と呼ばれた男の瞳か。マコーミックHCは静かにうなづき、口元を緩ませた。鬼の微笑み、そこにスケールの大きさを感じた。(記事=朱紺番 坂口功将)



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