『WEB MAGAZINE 朱紺番』
金寛泰『最前線への帰還』
投稿日時:2013/10/23(水) 01:58
急展開。おおよそ1年間のブランクを経ている。にも関わらず、あふれんばかりの闘志が彼を突き動かしていた。PR金寛泰(人福3)が、帰ってきた。
■金寛泰『最前線への帰還』
その日は、申し分ないほどの快晴だった。10月13日、関西大学Aリーグ第2節。関大との試合会場には、収容人数3万人を構える近鉄花園ラグビー場の得点掲示板の裏手にある、第2グラウンドが用意されていた。となると、必然としてアップ会場は、そのまた横にある練習グラウンドになる。
各大学に割り当てられたロッカールームは花園ラグビー場のスタンド内。試合開始を1時間前に控え、選手たちはスタンドの通用口から、第2グラウンドを横切り、アップ会場へと向かった。
絶好のゲーム日和ともいえる青空の下、その道中で金寛泰(キム・ガンテ)はこう口にした。
「試合勘がどうか…それは数をこなさないとダメなんで。でも出るからには、いきます!
自分のなかでも、今週復帰するイメージはあったけど、まさかでした。嬉しい誤算です」
静かな口調は落ち着きの表れか、それでもどこか緊張感と高揚感を漂わせ、彼は練習グラウンドの芝生に足を踏み入れた。
スクラムの最前列・フロントローの住人として、関学ラグビー部に早くから定住した。1年目からレギュラー入りを果たすと、大学2年生次の春シーズンにはU20日本代表に召集される。
むかえた昨年のリーグ戦では、開幕直前に目の近くに裂傷を負い、8針を縫う事態に。その影響からくるプレー精度のズレも次第に修正し、リーグ戦を不動のHOとして乗り切った。
だが、年も暮れに差し掛かり、いよいよ戦いの舞台が全国へと移る最中、彼は足を負傷し戦列からの離脱を余儀なくされる。大学選手権ではベンチ入りはもとより、観客席からチームの戦いを見ることになった。
「選手権に自分の名前は無くて…リーグ戦から通じて初めてスタンドから観戦した。何ともいえない悔しさがありました」
そんな気持ちを抱いて終わった2年目。まずは復帰することから金寛泰は3年目に臨んだ。そうして春先には怪我を乗り越え、戻ってきた彼の姿があった。しかし―。
一難去って、また一難。4月10日の練習時、今度は腕の負傷に見舞われる。練習の輪から外れ、スタッフに処置を施されるや、地面に座り込む。ほおをつたうは涙。何よりも本人の表情が、深刻さを物語る。それは、チームに合流してわずか3日ほどでの悲劇だった。
いっこうに迎えることの出来ない3年目のシーズン。己への悔恨の情は頂点に達していたことだろう。けれども、彼はその現実に正面から向き合う。「悔しいと思うだけで終わったらアカンと」
復帰を誓い、リハビリに挑む日々。そこでは、自分自身をも見つめ直した。以前は100キロを越していた体重も10キロ減らすことに成功。食事制限と有酸素運動で身体を絞り、そこにウエイトトレーニングを課し肉体改造を施した。
「去年のビデオを見ていると、体のキレが足りなくて。それと、怪我をするということは、どこかに原因があるのだと。もう一度、体を作り直そうと思いました」
そう、これが金寛泰である。置かれた状況が過酷なものでも、そこから立ち上がる過程で、さらなる成長曲線に自身を乗せる。不撓不屈のファイティングスピリット。
昨年のリーグ戦を迎えるにあたっても、そうだった。公式戦を控えた1ヶ月間、前述の目の怪我とは別で、肩を痛めた。3週間ほどチームを離れ、自身のパフォーマンスは到底満足できるものではなかった。そのような状況に「こんなんじゃAチームに選ばれない!」と自らを発奮させ、果たしてチーム復帰とともにレギュラーの座を掴み取った過去がある。
2年生次の足の怪我から実に11ヶ月。味わった逆境を跳ねのけ、いよいよチームに復帰するときがきた。すでに2013年も10月に入っていた。シーズン本番であるリーグ戦も、幕を開けていた。
復帰してまもなく、実戦に繰り出したのは10月12日のジュニアリーグ対関大戦。そこでは後半から出場するものの「全然だめでした」と苦笑いを浮かべるほどのプレーに終わった。しかし、トップチームは急を要していた。レギュラー入りを果たしていた1回生の野宇倖輔(経)のコンディションがどうやら芳しくない。ではリザーブを誰にするか。チームが出した答えは、復活したばかりの金寛泰だった。
「いまのチーム状況からして、3番でいく覚悟はしてましたし…出るからには責任が伴うんで。時間が無かったとか言い訳にしてたらダメだと思ったんで。今できる準備を、最大限にしました」
翌日のリーグ第2戦。『18』番の朱紺のジャージを身につけ、試合前のロッカールームで金寛泰は己の気持ちの高ぶりをはっきりと感じていたという。長らく離れていた戦場に、ようやく戻ってこれた。その舞台がいきなり、文字通りの最前線だったことは想定外ではあったが。
けれども、それすら―彼にとっては「嬉しい誤算」以外の何物でもなかったのである。
出番は早々にやってきた。前半も残すところワンプレーとなったところ、スクラムの場面でお呼びがかかった。その姿に、歓声が沸きあがる。
予定通りに3番・野宇と交代。カムバックして、最初のプレーがスクラムだった。互いのFWが真っ向からぶち当たる、最前線に投入された。
「今週、色々組んでて。外から井之上(亮=社3=)や南さん(祐貴=人福4=)、大城さん(圭右=経4=)からスクラムに関してコメントしてもらって。ずっとそこを意識してやってきたんで、怖さはなかったです」
おおよそ1年間ぶりの公式戦のピッチ。遠ざかっていたからこそ「ディフェンスの勘も鈍ってるし」と当然にプレー面で不安はあった。が、徐々に感覚を取り戻していく。
一発目のスクラムも、負傷していた腕はバインド(掴む動作)に大きく影響してくる部分であった。それも「気合で!」乗り越えた。
40分と少しのプレー時間。チームのリーグ戦初白星の瞬間を、プレーヤーとしてピッチ上でむかえた。
「やっと戻ってこれました。グラウンドに立てて、また、みんなとも啓吾さん(WTB畑中=商4=)ともファーストジャージ着て、勝てたことは素直に嬉しいです」
復帰できたことに、チームの勝利が加味され、試合後、金寛泰は満面の笑みを浮かべた。
この場所に帰ってくることを思い描いてきた。そこに至るまでの道のりで幾度とどん底に突き落とされようとも、負けることなく前進した。絶えることのないその闘志は、復帰を果たしても、まだ彼を押し上げる。
「まだまだパフォーマンス的にも上げられると思いますし、ここで満足してたら…もう時間も無いんでね。ここから、自分のパフォーマンスもそうですし、関学というチームが勝てるように自分がどうしなけらばならないかを考えたいですね!」
闘志を爆発させる姿は、これからフィールドで何度も見られることだろう。金寛泰の3年目のシーズンは今ここに、開幕した。■(記事=朱紺番 坂口功将<広報担当>)
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