『WEB MAGAZINE 朱紺番』
観戦記『理想の70分間と混乱の10分間』
投稿日時:2013/11/14(木) 12:00
畑中組にとってベストバウトになる予感がした。リーグ戦の首位を走る立命館大を相手に、悠々と試合を進めていく。そこにあった、プレーヤーたちの〝狙い〟の一撃。しかし事態は急転し、思わぬ展開に。その果てに掴んだ重き1勝を振り返る。
■観戦記『理想の70分間と混乱の10分間』
ラグビーは人生の縮図、とはよく言ったものだ。ゴールを目指し、立ちふさがる壁にも果敢に挑んでいく。そこには一人ひとりの執念もあれば、支えあう仲間たちと一丸となることも。また、準備を重ね、イメージを深めて臨んだ本番では、そのビジョンを実現させ、結果を手にする。一方で浮き出た課題には目を逸らすことなく向き合う。
11月9日、関西大学Aリーグ第5節。ここまで全勝を続ける立命大との一戦は、開始5分での失点で幕を開けた。立ち上がりの悪さを露呈する形となったが、起きてしまった以上は、すぐさまチームは気持ちを切り替える。このゲームで自分たちが意識すべき点は何か、それらを徹底していくべし、と。
チーム全体としてそれらを実践していくことで、ここから畑中組は試合の流れを掌握する。そのなかでプレーヤーたちも、それぞれに与えられた使命もさりながら、〝狙い〟すましたプレーを見せた。
開始早々の7点ビハインドも、まずは追いつくことから。前半8分、相手ゴール手前まで攻め込む。生じたラックに人が集まり、その密集から少し離れた位置にいたHO浅井佑輝(商3)にパスが送られる。
「狙えるかなと」。このシチュエーションを彼は、そう捉えていた。ゴール前での得点チャンス。自身にとっては何としても、ものにしたかった。
彼が振り返るに、前節の同志社大戦(10月27日)。同じように相手ゴールを目前にした場面で、彼はノックオンを犯してしまい得点機会を逃した。攻めども結果的にトライを奪うことは出来ず、こぼしたボールと同様に、勝ち星を一つこぼしてしまった(12-25)。
今度こそは、取り切る。目の前にいた相手ディフェンダーをもろともせずに、浅井はインゴールへと飛び込む。文句なしのトライは、反撃の狼煙を上げる一発となった。
前節のリベンジも含め、浅井はリーグ戦において、反省と修正を行なってきたプレーヤーである。昨シーズンの暮れにAチームに抜擢されてから、レギュラーとして臨んだ3年目。背番号2番を譲ることなく、リーグ戦を迎えたが、開幕戦では苦い思いをした。試合前のアップ時からボールに手がつかず、セットプレーは不安定のまま、ゲームへ。結果、「あんなにミスしたら勝てないです。。。」と敗戦の責を一身に背負った。
おそらくは公式戦ならではのプレッシャーだったのだろう。それでも試合を重ね、またレギュラーに同学年の選手が多いことも手助けし、その不安材料も次第に解消された。
立命大戦にあたっては「久しぶりに緊張した」と浅井は話す。この試合、FWの8人全員に3回生を配した。これまでにないメンバー構成は、セットプレーに影響してくる。しかし、その懸念材料も練習の成果が試合本番で発揮できたことで打ち消された。
1週間前に設けられたトップリーグの神戸製鋼コベルコスティーラーズとの合同練習で、FWはスクラムについて学ぶ機会を得た。そこでは、組む際に相手にまっすぐ当たっていくのではなく、潜るように低く姿勢を取るという、より「相手が嫌がる」組み方を習得。そして、それを立命大戦で実践し、まさに効果を挙げたのである。
セットプレーから優位に立てたことは、試合の流れを掴めた一因。と同時に、この試合については、一つのキーワードを意識づけして臨んでいた。それは、『敵陣でプレーする』ということ。
SO平山健太郎(社4)という、冷静にその右足でエリアマネージメントを図れる存在が頼もしかった。前半23分、相手のペナルティからボールを得ると、平山が敵陣深くまでボールを蹴りこんだ。そこからのラインアウトをFW陣がしっかり成功させると、次はBK陣の出番。流れるようなパスワークを展開し、相手ゴールへと迫る。最後は、前節で今季リーグ戦初トライを挙げたWTB畑中啓吾(商4)がきっちりとフィニッシャーとしての役目をまっとうした。
目覚めたエースWTBは、このゲームにむけての狙いを、こう明かした。「対策のなかで、立命大の外側、WTBはディフェンスが良くないと。内に寄ったり、ずれたり…。それで健太郎(平山)とも話してたんです。『外、いけるで』って」
敵のウィークポイントを攻略の糸口とするのは勝負の世界では常套たる手段。それを踏まえ、確実にしとめることがBK陣とりわけWTB畑中に与えられた使命だったのだ。そうして前半終了間際には、これと同じような形でさらなる追加点を畑中は奪った。
ポイントを作ったFW陣から、大外のフィニッシャーまでボールを繋げる過程は、リーグ戦も半ばになり成熟している。前節でのトライ・シーンを、畑中は「内側たちの選手たちが上手かったです」と開口一番に振り返っていた。WTB金尚浩(総3)の逆サイドでの走り込み、CTB水野敏輝(人福3)や鳥飼誠(人福2)のパス、それらを称えた。「ああいう状況になれば、取り切る!」。そう明言したとおりの、続く立命大戦での2トライであった。
「BKも早めに仕掛けていけば、トライを取れるんで。そこは自信を持って、攻めれたらと思います」
得点という明確なる結果が、自信をさらに深めていくのだ。
前半を終え、24-7。開始早々の被弾はあったが、それ以降は関学ペース。優勝候補筆頭と評される立命大との一戦が、このようなスコアになると想像した人はそう多くはいまい。しかし畑中組としては、まさに目論みどおりであった。主将は、対戦チームをこう分析していた。
「立命大は、一つひとつのプレーがしっかりしている。アタックも特別難しいことをしているわけでもなく、とくにFWも強いわけでも。自分たちにも勝てるだけの絶対的な力はある、勝てる!と思って臨みました」
あとは残りの40分間も前半で見せたパフォーマンスを継続できば、おのずと白星を掴むことが出来る。
そのためにも、後半の入り方は重要だった。ホイッスルが鳴ってすぐの、チームが不得手とする時間帯。
後半も5分を過ぎたあたり、自陣深くまで攻め込まれるが、ゴールを割らせない。やがては相手のオフサイドを誘い、ピンチを脱した。転じて攻撃では、念頭に置いた『敵陣でのプレー』を徹底。フィールドの中盤付近でフリーキックを獲得した場面でも、相手にルール上で一定の距離を後退させるのではなく、あえてスクラムを選択し、引きつけたところから敵陣奥までボールを蹴り込む作戦を取った。
テーマを着実に具現化していき、後半で先にスコアを動かしたのは朱紺のジャージ。後半21分にSH徳田健太(商2)がゴールポスト下へボールを叩き込む。
勢いそのままに敵陣でプレーを展開し、その3分後。今度は陣地回復を図る立命大のキックに、猛然と駆け込んだCTB水野がチャージに成功した。はじかれて点々と転がるボールはインゴールへ。水野がボールを押さえ込み、さらなる追加点を挙げた。
「狙ってました。あそこのワンダッシュだけに集中して。時間的にも、もう1トライ欲しいし、良いプレーして良い流れにしようと。1プレー、頑張りました」
『敵陣でのプレー』とは、相手に前進させないだけのプレッシャーを与えるということでもある。チャージという捨て身のプレッシャーは、相手の陣地挽回をはね返すばかりか、一転して、そこに絶大なる好機を生む。
予兆はあった。前節の同志社大戦でも、水野は同じようなシチュエーションで一つ、チャージに成功している。ただ一点だけに狙いをすませる嗅覚を研ぎ澄ませていたのだ。
その水野も、リーグ開幕戦では表情に影を落としていた。思えば、あのときの京産大戦では相手の前に出るディフェンスに受身になってしまった。展開して人数を余らせても、自分たちのミスで攻撃を手放す、負の連鎖に陥っていた。水野も先制トライこそ挙げたが、局面を打開できぬままに終わった。「相手の思い通りやったかも」と彼は試合後に口にした。
自分たちがなすべきラグビーが出来なかったことへの悔しさに苛まれた。リスタートを切ったチームで、水野も徐々に調子を取り戻していく。コンディション調整の一環で体重は減らしたが、「当たり負けしない程度」の肉体に。丁寧かつ絶妙なパス回しは熟成するBK陣のなかで輝きを放つようになった。
立命大戦の前半で見せた畑中の2トライ。「BKでパスを回して、WTBがトライを決める。理想的なプレーだったんで、BKの士気も上がりました」。そうしてユニット全体でムードを押し上げたうえで、個々としても、チャージという一瞬で熱を生じさせるプレーを繰り出したのである。
組織と個々が、まさに狙い通りのパフォーマンスを発揮する。その結果が、時計の針も30分に差しかかろうとしていた時点での38―7というスコアであった。
それは、「29点差を空けよう」と意識していたセーフティゾーンに至るまでのゲーム運びをチームが実現できた瞬間だった。
試合も残すは10分ほど。リザーブも投入し、最後までフィットネスが途切れることがないようにフレッシュな戦力をピッチに送り出す。
だが事態は急転する。後半29分に自陣で獲得した関学のアドバンテージ。キックで相手を押し返すが、返した刀、トライを許す。つけられた一つの割れ目が、ここから〝ダムの決壊〟を引き起こす。あふれだした水は、勢いを増し、手をつけられないほどに。あれよあれよと10分間で計3本ものトライを決められるのである(コンバージョンキックも全て成功)。
「インゴールで話もするんですけど…攻められているということに対してパニック状態に。もはや何を言っても響いてなかった」
突如として訪れた局面を、主将はそう振り返った。セーフティゾーンに到達したことで逆に「気が緩んだ」という。
点差も把握していたそうだが、それもパニックを助長させたのかもしれない。試合終了が刻々と近づくなかで、ほんの10分前までは31点あったリードは3点差にまで縮んでいた。
出来ることは、ただ一つ。ひたすらディフェンスに集中することだった。
ゲームも終盤、けれども立命大はミスを犯すこともなく、継続してボールを運び、陣地を広げてくる。やがてハーフウェイラインも越え、関学陣内へ。よもやの不安と、一方で興奮とが交じり合った空気が会場に蔓延した。
ロスタイムも優に過ぎ、立命大のボール。だが、敵がどのような手を繰り出してこようとも、朱紺の闘士たちは必死に食い止める。やがて、立命大がペナルティを犯し―ようやくノーサイドの笛が鳴り響いた。
安堵の表情を浮かべる、見ている側の面々。それも、すぐさま勝利の喜びに覆われ、選手たちと同様に歓喜の声をあげた。
最終スコアは38-35。終わってみれば、水野のあのチャージが、貴重という言葉では表しきれない大きな決勝点だった。
「めちゃくちゃしんどかった。けど、そう思っているヒマもなく。良い経験でした。
最後の15分間は修正せなアカンとこ。日本一になるチームは、こんな展開にならない、と」(畑中)
優勝候補の筆頭、リーグ首位の相手を破った一つの金星。そこでは、目論みを実行に移すことが出来た事実から、自分たちのラグビーに対する確信を覚えた。一方で、ほんの少しの油断が引き起こしたパニックの恐怖をまざまざと味わった。
主将が述べたように、最後の時間帯は教訓と捉えることが出来るだろう。そのうえで、見た者は『最後の時間帯さえ除けば、ベストゲーム』と評するに違いない。
けれども、実のところ畑中組にとって、必死で猛攻を食い止めたあの時間帯は〝教材〟であり、かつ、一つの〝成果〟でもあった。
今年の上半期のオープン戦にて、チームは始動してから初の黒星を近畿大に喫した。その試合では後半開始時から一気に3本のトライを許した。勢いづいた相手のテンポに遅れを取り、為すすべなく防御網を破られる。ベースとしてディフェンスを掲げていただけに、チームは一種の混乱に陥った。この一戦を機会に、もっともそれより前から説いてきたことではあるが、主将はチームに『リアクションの早さ』を常々、口にするようになるのである。辛く、厳しく、チームに説いた。
立命大戦での混乱の10分間は、ようやく、そのことが活かされたのではなかっただろうか。あの局面までに至ったことはむろん反省点ではあるが、ピンチのなかで相手の猛攻に対して迅速なるリアクションを発揮できたことは、一つの〝成果〟といえる。
出しうるパフォーマンスを形にした濃密なる一戦だった立命大戦。ただし、克服できていない課題は山積みだ。
それは立ち上がりの悪さしかり、ひとたびの隙しかり。試合に先立ってマコーミックHCは、こんなゲキを飛ばしていた。
「80分間の、勝ちたい気持ちを、まだ見てないよ!」
畑中組のベストバウトを、次こそ。■(記事=朱紺番 坂口功将<広報担当>)