『WEB MAGAZINE 朱紺番』
古橋啓太『野望の果てに』
投稿日時:2013/11/30(土) 10:00
■古橋啓太『野望の果てに』
ひょっとすると―。そんな空気が漂ってきたのは、リーグ開幕戦が終わったあとだったか。チームは京産大を相手に劣勢を打破できず、黒星を喫した。そのことが直結したかは定かではないが、今後の展開を考えていくなかで、部内で一人のプレーヤーの名が挙がるようになったのは事実。
それから数日後の関学第2フィールド。調整に励むAスコッドのなかに、そのプレーヤー、古橋啓太の姿があった。同じポジションのCTB鳥飼誠(人福2)らとともに、入念に動きを確認していた様子。その練習後、グラウンドから引き上げる古橋は、訪れた展開に声を上げた。
「あきらめかけてたんですけど…ここにきてAに呼ばれました」
―巡ってきたチャンス。ものにしないといけない
「そうスね!」
遠のいていた。だが、突然にしてチャンスは目の前にやってきた。朱紺のジャージを着る、すなわちレギュラーという座が。
それは不退転の覚悟で挑んだ戦いだった。もとよりFWに身を置き、大学生活を過ごしてきた。けれども、シーズンの上半期こそ上位チームにいながら、リーグ戦になるとそこからこぼれた。レギュラーを掴めずにいた3年間。ラストイヤーをむかえ、古橋は一つの決断をする。FWからBKへ、CTBへのコンバートである。
「4年目でプライドとかも持ってられないんで。そんなん捨ててでも、試合に出られるなら出たい」
大学進学前、全国大会や高校代表といった、自らのアイデンティティーを形成してきたナンバー8というポジション。そこへのプライドをかなぐり捨ててまで、彼は新天地に懸けたのであった。
そうして春シーズンはCTBとしてプレーに励み、Aチームに名を連ねた。持ちえていた強みである、身体の強さやボールへの働きかけは失わずに、そのうえでCTBのポジションならではの難しさを味わいながら、修練を積んだ。結果として、リーグ戦が始まり、ついにAチームから声がかかることになった。第4節の同志社大戦にて、トップチームへの選出。朱紺色のジャージを手に、念願の舞台へと繰り出す。だが、古橋にとってのデビュー戦は、まさかの展開となった。
試合が始まり、朱紺と紺グレが交じり合う。その激しさゆえに、関学の選手とりわけFW陣の負傷が相次ぐことに。一人、二人と負傷交代が続く。その状況で、ベンチに控えていた古橋に萩井好次ACから予想もしていなかった指示が告げられる。「3人目の怪我人が出たら、FWでいくよ」
よもやの指令、しかしそれが現実のものとなる。後半38分にFL中村圭佑(社3)と交代を告げられ、ピッチ上に立ったのはFWとしてだった。
「はよ出たいな、と思いつつ…実はFWかい!!って(笑)」
緊張はしていなかったと話すが、試合展開は緊迫そのもの。敵陣に詰め寄り、だが決定打に欠く。「ミスは出来へん。チャンスをもらえたという気持ちと、ミスしたらアカンという気持ちでした」
本来ならば、新たなるポジションでレギュラー入りを果たしたことへの証を、ピッチ上で体現したかっただろう。CTBとして、この試合にむけた狙いをこう明かした。
「FWを助けられるようなプレーを。相手の裏に出る、ラインブレイクをしたかった」
思惑とは違えども、FWを助ける形になったデビュー戦。「まさかでした、けど、それ(FW)も出来ると思って、前向きにいきたいです!リーグ戦はまだ残っているし、5分の出場時間も経験にして。まず出る、というのは果たせたので、もう一歩、二歩、三歩と上がっていきたい。自分でも納得できるように」
自身が望んだ舞台に立つことが出来た。ならば次は―。
翌週の第5節、立命大戦で古橋はついにCTBとしての出場を果たす。が、その来たる出番が訪れたとき、そこにはかつてないスリリングな展開が彼を含め畑中組を待ち構えていた。最大31点差からの立命大の猛追。そう、まさに〝混乱の10分間〟を古橋はピッチで過ごすことになったわけであった。
「BKもFWも関係ないっス。アタックしたかったですけどボールは回ってこず、とりあえず、がむしゃらに相手を止めることを。『楽しい』とか全く思えなかった」
追い上げムードに勢いを増した立命大を相手に防戦一方。ただひたすらに攻撃を食い止めた。果たしてリテイクとなった〝CTB〟古橋のデビュー戦は、劇的勝利に終わったが。
「『ついに!』の実感なかったです(笑)。ここに出て、オレは何が出来るのか、と。本当にね…怖かった。
みんなが観にきてくれるなかで、CTBとしてのプレーをやってみたいですね!」
チームへの貢献は確かにそこにある。それだけでも彼が闘った証としては十分であるが、何ともスマートにいかないところが彼の歩んでいる道といえようか。
それでも、シーズンが深まるなかで古橋はその存在感を見せるようになっていた。大学Aリーグと並行して行われているジュニアリーグにて、彼は大車輪の活躍を披露。11月17日の天理大とのプレーオフ初戦にて2トライを決めた。
ナンバー8とは、スコアラーと意味をともにすることが多いポジションである。はじけるように軍勢をかき分け、インゴールを陥れ、とどめをさす。トライへの嗅覚を本能的に備えているポジションといっても過言ではないだろう。それは古橋も例に漏れない。かつては「まわりが自分に合わせろ」なんて心持もあったが、CTBに身を移してからは「パスも回しまくりです」と微笑む。であるからにして、「アタックに関して、トライを取る感覚はなくて」とコンバート後の立ち位置を明かす。
だが、自らの持ちえる武器を封じる必要はない。その結果がプレーオフでの2トライ。まさにCTB古橋の付加価値である。しかし、「良かった」と振り返る一方で、実のところ反省しきりの試合でもあったという。
「ディフェンスが全然だめで。仕留められたのが50%くらい。能力の差で上回られて、その点をカバー出来ず。アンガスにも怒られました・・・」
本人にとっては重きを置いていた部分であったのだろう。身体を張ることは自身のストロングポイント、ましてやディフェンスはチームのベースである。むかえた翌週のリーグ最終節、11月24日の近大戦。古橋に今度こそCTBとしてプレーする機会がやってきた。後半25分、鳥飼に変わっての出場を果たす。
チームが統率されたプレーを攻守で展開するなかで、古橋もピッチを駆け回った。ボールあるところに走り込み、味方が継続しやすいようにしっかりとオーバーする。見せ場もあった。BK陣が外に広がり、古橋にパスが渡る。相手ディフェンダーが2人がかりで止めにかかるも、幾分かのゲインを見せた。
「ディフェンスは7本くらいいけましたかね…それでもCTBとしては、もうちょっと欲しいところ。アタックにしても、もっとボール持ちたいですね…」
プレーする時間がこれまで以上に長かったぶん、至らなかった点も出て来た。それでも―
「やっと実感が沸いてきました。CTBとしても、Aチームとしても」
試合後、彼は安堵にも似た表情を浮かべた。それは、描くCTBとしての動きを実現できたこと、つまりは望んでいた境地にたどりつけたことへの喜び。いま、自分はレギュラーとして闘っているのだと。
ラストイヤー、彼は新天地に全てを懸けた。トップチームでプレーする一心とコンバートが奏功し、願いを叶えた。レギュラーとしてピッチに立つ彼の胸の内にある思いとは。
「4年目でやっと。同じ4回生も喜んでくれているし、すごい嬉しいです。Bスコッドの4回生の気持ちも分かるんで…。応援したい気持ちと、どこかそうしにくい気持ちがそこにはある。自分がそっちやったら、出来なかったと思うんです。
だからこそ、情けないことは出来ない」
応援する側から、される側へ。試合に出るということは、そういうことでもある。部員全員の思いを背に、チームの代表として闘うこと。
レギュラー争いを制しても、なおも古橋は危機感を抱き、残りのシーズンに挑む。「毎週、怖いです。レギュラー入りしたい気持ちと、チャンスを逃したら取り返せないという不安が」と過ごしてきた日々を告白するが、その背中に受ける思いを分かっているからこそ、彼のレギュラーへの情熱が潰えることはないのだ。
Aリーグも閉幕し、次は大学選手権。と、その前にジュニアリーグの決勝がある。「まずはそこを」と13番で出場予定の古橋は意気込む。
「A2の後輩らも頑張ってくれているし、勝たせてやりたいです」
己の為に野望を抱いた男は、次なる野望を胸に戦いに繰り出す。そこには純粋たる、仲間たちへの思いがあった。■(記事=朱紺番 坂口功将<広報担当>)
関連リンク
▶古橋啓太プロフィール
▶古橋啓太「切実なる野望」(2013/7/13)