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『WEB MAGAZINE 朱紺番』

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金尚浩&畑中啓吾『両翼が強く羽ばたいた日』

投稿日時:2012/10/15(月) 03:13

 開幕戦黒星から1週間。続く第2戦で、あわや暗礁もちらついたチームを救ったのは、両端に構えるトライゲッターだった。同志社大戦白星の立役者は、金尚浩(総経2)と畑中啓吾(商3)、両WTBだ。

 

■金尚浩&畑中啓吾『両翼が強く羽ばたいた日』

 

 予想を超えていた。対峙する同志社大の展開力が。グラウンドの横幅を端から端まで使い、人とボールが動く。そのスピードに、加えて当たりにいっても止まらない強さに、動揺が生まれた。あれよあれよと2本のトライを許した前半15分間を副将・松延泰樹(商4)は振り返る。
 

 「自分たちの立ち上がり悪かったのと相手が対策以上に、個々の強さ、ラインスピードが速くて。そこだと。

 正直、去年と同じ展開も考えた。先週負けてた焦りもあったんで」


 昨年の同志社大戦。序盤に許した失点から、ずるずると得点を許し、勝負は決まった。それと同じ光景が、グラウンドに立つプレーヤーたちの脳裏をよぎった。速さに翻弄され、ダブルタックルでも仕留めきれない。ディフェンスラグビーを標榜しながらも、受け手に回っている時間帯で生じるジレンマはやがて焦燥感へと形を変えていた。


 「このままでは去年の二の舞になるな、と。FWでもBKでも、とにかくディフェンスを起点に仕掛けたい」


 チームが泥沼に引きずり込まれそうになるなか、WTB金尚浩はうかがっていた。反撃に出るチャンスを。カウンターで仕掛けていくイメージを固めていた。


 「ノブさん(松延)たちからも、『ボールが来たら、思うようにプレーしたらいい』と言われてたんで。思い切って勝負!と」


 前半20分、自陣でボールが尚浩の元へ回ってきた。WTBとしての見せ場が、訪れた。まずは外へ、相手WTBを片手で抑えながら振り切ると、そこからライン際を駆け上がる。後続のディフェンダーが掴みきれないとなれば、歓声も次第に上昇。大歓声が沸き上がるなか、相手SOが前に現れるや、角度を変え、内へ切り込む。捕まらない。今度は真横からディフェンダーがくる。尚浩はワンハンドで相手を制止しようとするが、決まらない。いよいよ捕まったか


 「圭佑が最後までついてきてくれてたんで」


 ビックドライブの果てに、尚浩はバックフリップでパスを送った。相手は、会心の笑顔を浮かべながら追走していたナンバー8中村圭佑(社2)。パスを受けた中村は悠々とインゴールへ。カウンターからの一閃。「ゲーム前にしていたイメージトレーニング通りに。ひとり抜いて、と」。快足WTBの疾走は、相手の防御網だけでなく、それまでグラウンドを支配していた暗いムードをも切り裂いた。反撃の狼煙(のろし)が、上がった。


 続く23分、敵陣でのマイボールスクラムから、外へ展開。的確にパスをつないでいくと、FB高陽日(経2)から一番外にいた尚浩へボールが渡る。


 「もらった瞬間、ゴールが見えてて。コースに走りこんで。トライするだけだったらいけないと思って、中央まで」


 インゴールに到達するだけでなく、追い討ちをかけるようにポスト裏まで走り抜けた。反撃から逆転まで。前半のハイライトを、尚浩の足が飾った。



 その「11」番の活躍に触発されたか、同じWTBとして逆サイドに構える「14」番・畑中啓吾もふつふつと闘志をたぎらせていた。前半も残すところ10分ほど、同志社大がPGで1点差に迫ってきた場面。自陣でのターンオーバーから一気に相手陣内へ。左サイドから中央へボールが渡り、SO安部都兼(経4)から畑中はパスを受ける。前を向くと、相手のディフェンスラインはきれいに揃っていた。選んだのは、正面突破。「やばいかな」と思いつつも同大のナンバー8に真っ向から当たっていき、負けずにゲイン。そこから軽快なステップで2人を裁き、ゴール中央へ飛び込んだ。
 

 「相手も予想してなかったんじゃないですかね!?」


 得意気な顔で追加点を語る。もとより小柄な体格なぶん、ウェイトトレーニングは常に意識してやってきた。「まわりに大きい選手がいてるなかで、絶対に鍛えなあかんとこは鍛えて」肉体造りに励んできた。スピードも速いわけではないと語るぶん、ステップで相手をずらすスタイルを磨いてきた。まさにWTB畑中の強さと強みが発揮された得点シーンだった。


 個人技で取ったトライの次は、「チームで取った」トライだ。後半5分、味方が外へ外へとボールを運びライン際でパスをもらうと、あとは前を行くのみ。「相手いてなかったんで」と話すが、このときも2人のディフェンダーをかわし、弾いてのプレーだった。


 畑中の活躍はトライだけにとどまらない。要所でキッカーとしての役目を託されている。後半13分、好位置で相手ペナルティをもらうと、PGを選択した。「確実に蹴れる位置で。キャプテンとも話し合って、確実に取れるとこは点取っていこうと」


 開幕戦でもPGを成功させており、「今年は安定している」と話すだけに自信を見せる。この日も成功させ、追加点を足で叩き出した。



 両WTBの大車輪の活躍によって勝利を収めたリーグ第2節、同志社大戦はBK陣が存在感を見せつけた。「尚浩のトライもあって、数少ないアタックチャンスでシンプルにトライを取ることが出来たのが」良かったと松延。副将が信頼を置くバックスリーが中心となってゲームを動かした。前節の悔しさも、彼らのギアを一段と加速させる一因だった。尚浩は話す。
 

 「前の試合では2回しか触れず。今日はボールもらいにいこうと。

 天理大戦はチームのFWに助けられた部分が大きくて。同志社大は8番とか重量級のFWがいるから、今度はBKがFWを助けてあげようと思っていた。グラウンドを広く使って振ってくるのも分かってたんで、BKが視野を広く持って、引きつけてディフェンスしていこう、と」


 尚浩自身はスピード、そして何より185センチの長身を武器に大型WTBとして今シーズン初めからレギュラーの座を不動のものにしていた。安定感、そこには常に全力プレーを心がける姿勢がある。「全試合通して自分のプレーが出来るように。ボールをもらったら、思い切って走ったり、タックルでもまわりとコミュニケーションを取って。自分の身体とモチベーションも高く保って、全試合100パーセントの気持ちで臨んでいます」


 リーグ戦に入り、レギュラーであることを、より意識している様子。「150人のなかで選ばれるのもなかなか。選ばれなかった人のためにも、楽しもう、勝とう、と思います。アンガスさんからも『レッツ・エンジョイ!』と言われていますし」


 前節と打って変わって、フィールドを駆け抜けた同志社戦。さぞかし楽しかったのでは?


 「すごい楽しかったです!」。満面の笑顔をはじけさせた。



 一方の立役者、畑中も開幕戦の屈辱をばねに、この1週間を過ごしてきた。初戦で務めたキッカーとして、舐めた苦杯。「1本1本が大切やと意識してたんスけど、2本外して結果2点差で負けた」


 天理大戦の試合後、彼は唇を噛みしめながら口にした。


 「ぼく自身悔やんで、落ち込んでても仕方ないんで。次に向けて、もっと練習して。4回生の思いもあるんでね。次!次にむけて、やっていきたい。

 責任感じてますけど、、、向上していきたいと」


 それから1週間の間、プレースキックの練習時。とくだん量を増やすようなことはせず、一本ごとに集中力を高めて蹴ることにした。キック〝1本の重み〟を知ったからこそ、である。


 話すに「(自分は)緊張するタイプ」。張り詰めた緊張感が支配するプレースキックの場面、畑中はとにかくリラックスして蹴りにかかるという。「入れなあかん、という考えではなくて、気楽に。気負ったら力んで外してしまう」。


 自らを落ち着かせることで、〝1本の重み〟をその右足に宿すことが出来るのだろう。「今日もリラックスして、1本1本集中して、蹴れました」。畑中は、同志社大戦をそう振り返った。


 輝きを放った両WTB。タイプが違う2人は、トライを取るという共通事項のもと、それぞれの役目をまっとうするべくプレーしている。尚浩は「2回生が引っ張っていけたら。4回生が僕らのケツは拭いてくれる、と言うてくれてるんで(笑)。思いっきり楽しんでいきたい」と声を弾ませる。畑中はこの日コンバージョンキックを1本外したことを引き合いに「トライを取るのが仕事。それプラス、キック蹴るのが自分の役目。100パーセント成功、それが僕の役目としてある。100パーセント、自分の仕事をこなしたいですね」と意気込んだ。


 関学のチームロゴである、KGで模されたイーグル。この両翼をもってして、藤原組は頂点へむけ、力強く羽ばたいてゆくのである。(記事=朱紺番 坂口功将)

観戦記『想定内と想定外のシナリオ ~vs天理大学~』

投稿日時:2012/10/08(月) 03:46

 息が詰まるほどの接戦となった開幕戦。いまだから明かすことの出来る、この一戦にかけた各々の思いを完全告白。そうして挑んだ果てに、喫した黒星はチームに何をもたらすか。

 

■観戦記『想定内と想定外のシナリオ ~vs天理大学~』

 

 「萩井さんとアンガスさんは、天理大戦、どんなイメージ持ってますか?」


 9月半ばに行なわれたリーグ戦を前にした最後の合宿。練習が終わった直後の、夕食でのことだ。副将の安田尚矢(人福4)が、隣に座った萩井好次監督に聞く。同じテーブルには、主将・藤原慎介(商4)と同じく副将の松延泰樹(商4)の姿がある。少し間を置き、萩井監督が答える。


 「天理大戦に限らず、FWで2トライ、セットプレーから2トライ、ターンオーバーで2トライを。ただ天理を相手に6本は難しいと思う。

 FWで2本、セットで1本、ターンオーバーで1本取って。20点取られると厳しいな」


 すなわち、被トライ数3がボーダーライン。4本目を喰らうと勝利は遠のく。その数字に、以前に安田がチームの現状を話していた際の台詞を思い出す。


 「接戦に持ち込める自信はある。アタック力あるチームに対しても、3トライ以内には。けど


 シーズン当初から磨き続けたディフェンス力。ゆえにロースコアゲームは大歓迎。接戦になってこそ、勝利への道は開ける。自分たちの目指すラグビーは決まっていた。


 そして、もう1つ。今シーズンにおいて定まっていたことがある。それは、関西大学Aリーグの初戦の相手が、前年度関西王者の天理大学であるということ。昨年の成績が反映される対戦カード。開幕戦は前年度1位と5位が例年対戦する。


 その確定事項について、開幕戦の2日前、主将はあっけらかんと言い放った。


 「もう決まってたことなんで!言っててもしゃあないですから。春から分かってたんで、それに合わせてチームの固め方を。あとは、やるだけ」


 割り切るしかない。初戦の重みがいっそう増したことも、好材料に変えるのみ。主将は息を巻いた。


 「勝つつもりでいるんで。勝ち方のことしか考えてない。天理はどのエリアからでもトライを取りきる力を持っている。どのエリアでも気が抜けない。ちょっとした油断でやられてしまうので、80分間必死でディフェンスしたいです」


 関学のチームカラーが防御なら、天理大の特筆すべき点は攻撃。様々なシチュエーションから展開し決定打を浴びせるアタック力。その中心となるBK陣を、CTB春山悠太(文4)はこう分析していた。


 「あれが日本一のBKやと思います。みんな上手いっスよね、あそこ。全体のスキルにパス、ラン、全員がレベル高い。突破できる13番がおって、SOはまわりを活かすことに徹している。ひとり一人が自分の仕事を分かっていて、高いレベルでまっとうしている。歯車がかみ合っている」


 真正面から、正直に受け止めていた。その強さを。今春の対戦では白星を挙げていたが「あの頃より強い選手が戻ってきているし、チームの出来上がり方も凄いっスよ」(春山)。対戦を前に、彼らが穴の空くほど相手を見ていたことは想像に容易い。


 実際、アンドリュー・マコーミックHCも数週間前から分析班より天理大のビデオを受け取り、チェックしていた。


 「対帝京、対流経、対東海、をね。向こうのテクニックやサインも見て。展開が早くて、テクニックがうまい。けど組織の動きはシンプルだし、凄い印象はない。精度は高いけどスクラムとかセットプレー、あとゴール前のディフェンスが足らないかな。あ、これはいつ書くの?(試合が終わってからです。)オッケー」


 臨戦態勢は整っていた。ゲームに臨む選手たちからは「自分たちのやってきたことをやるだけ」が共通して聞かれた。それは自信ゆえ。一貫して取り組んできたディフェンスへの自負。強敵相手にも、確信があった。春山は声を上げた。


 「(勝てるイメージは)ありますね。きっちりありますよ!FWでプレッシャーかけて、相手下げさせて、最後BKで」


 ただ一抹の不安もあった。それは、自分たちのやってきたことを〝やれなかった〟場合。春山は続ける。


 「自分たちのやってきたことを出せないこと、出させてくれないことに不安が。それに克てたら。出したら勝つ、そこの強いイメージはある」


 自分たちを、自分たちの歩んできた道を信じるのみだった。



 いつしか関西の覇権争いを演じるのは朱紺と黒のジャージになっていた。関学が関西制覇をかける試合の相手は決まって天理大だった。その決戦が、今年はオープニングゲームになった。10月7日、花園ラグビー場。火ぶたが、切って落とされた。


 開始早々に先制点こそ奪われたが、前半20分あたりで繰り広げられた自陣ゴール前の攻防。相手のFW陣を必死で食い止める。「前半、関学のスタイルが出せた」と主将。そう、ディフェンスだ。上半期、このシチュエーションでゴールを割らせたシーンは、無いといっても過言ではない。あれからさらにチームは進化し続けたのだ。関学FW陣も「最近なってゴール前のディフェンスを強化しよう」(藤原)と貪欲だった。開幕スタメンに立ったHO金寛泰(人福2)も振り返る。


 「9月、FWは朝も夕方もかなりハードな練習をして、自信ついた。今日もゴール前で危ないとこはあったけど、強みのディフェンスと、FWでしっかり勝負出来たので。手応え感じました」


 息詰まらせる攻防の果て、自陣を割らせることはなかった。相手の反則を誘い、陣地を挽回。そうして前半も残すところ10分、朱紺のジャージが反撃に転じる。


 前半33分、相手ゴール寸前でFWが粘ると、最後はナンバー8中村圭佑(社2)が敵陣を陥れる。コンバージョンも決まり逆転に成功、続く37分、敵陣内で相手ペナルティでボールをゲット。ここで、チームはPGを選択する。キッカーを命じられたWTB畑中啓吾(商3)も「それまで蹴ってて、良い感触あったんで。FWとも話し合って、蹴りました」。蹴り上げられた楕円球は、ポストの真ん中を貫いた。


 前半終わって10-5。互いに1トライのみのロースコアゲーム。「関学らしいゲーム展開になっている、と。しっかりディフェンスして、取れるとこは取って。後半に臨んでいこう」。ハーフタイムで、主将はチームにそう説いた。


 そうして始まった後半、試合はシーソーゲームの様相を呈していく。後半5分に天理大が逆転。だが、徐々に敵陣でのプレーを増やしていた関学がプレッシャーをかけていく。後半15分、ゴール前でのマイボールスクラム。「セットプレーは心配ない」とマコーミックHCが話していたように、あっさりとFL徳永祥尭(商2)がトライを決める。再度、リードを奪った。


 決めた2トライは、相手のウィークポイントで確実に仕留めたものだった。つくべきは『ゴール前のディフェンス』、HCの狙いは見事に的中した。


 シナリオは出来上がっていた。それも想定どおりの。しっかりと守り、取るべきとこで取る。まさに主将がチームに話したこと。あとは、最後まで徹底し続けるのみだった。


 が、しかし。後半27分、やはり警戒すべき相手のストロングポイントに打ち砕かれた。ターンオーバーから相手BK陣のゲイン。先制点を上げた留学生CTBの突破力を警戒してか、ややライン際の防御網が緩くなる。そこへパスがつながり相手WTBが大外一気。リードは3たび、変わった。


 残すは10分強。3つ目のトライを目指して関学は走る。けれども、リードが覆ることはもう無かった。


 「ペナルティですね。同じ反則を2回も繰り返したりで。もったいなかった」(藤原)


 攻撃のチャンスは幾度とあった。しかし、決定打となる前に自らのミスでチャンスを逃した。後半ロスタイムのラストプレー、ボールを獲得するも、焦りがあったか、早〝すぎる〟パスワークでボールがこぼれた。そして、勝利も。



 「ワンプレーの精度ですね。こだわり持ってやっていたら。取られたトライも、自分たちのミスからのトライで。精度の差だったと」


 この日、体を張ったディフェンスとトライで存在感を光らせた徳永は敗因をそう語った。自分たちのほんの小さなミスが、取りきれた場面、抑えきれた場面で積み重ねられたことで、最終的には大きく響いた。


 試合後、クールダウンに入る直前、マコーミックHCは主将の傍に寄り、こう話したという。


 「決して悪くないゲームだった。良いとこもたくさんあった。やってきたことも間違いない。ただ、ペナルティ。反則を無くすための練習をしよう」


 黒星という事実は揺るがない。だが、『15-17』というスコアは、それ以上の意味合いを持っている。4本目を奪われなかったこと、20点以内に抑えたことは、かつて萩井監督の想定したシナリオ通りだった。


 一方で、冒頭で述べられた安田の台詞の続きも、いまリンクする。「けど、ディフェンスも強いチーム相手に3本取る自信はない」。春シーズンは徹底的にディフェンスを磨いたからこそ攻撃面には着手していなかった。その点を自認し、夏を経て、アタック面でも着実にレベルアップを果たしていた。


 「自分たちのやってきたことは出せた」。試合を振り返り、選手たちは口を揃えた。3本目のトライが奪えなかったのは、主将が「直接的な敗因」と述べたペナルティそして精度という想定外のポイント。それが、分かったことが開幕戦の収穫だ。


 今日、ピッチで誰かが叫んだ。「これで全部終わったわけちゃうぞ!」


 グラウンドから引き上げ、競技場の外でのチームの全体集合。輪の中で、主将も力強く声にした。


 「俺たちが目指すのは日本一やし、リーグ戦を通じてまだまだ強くなれるから!」


 頂点を目指す闘いは、いま始まったのだ。下を向いている暇などない。


 リーグ開幕戦を控えた先週。週初めはどこか緩い雰囲気もあったが、ふと全体が引き締まったものに変化したという。その切り替えが出来るのならば。


 部員たちに問う。一発目の練習となる火曜日の朝、君はどんな顔でグラウンドへ来る(記事=朱紺番 坂口功将)

アンドリュー・マコーミック『赤鬼は、優しく微笑む。』

投稿日時:2012/10/05(金) 23:09

 例年以上に話題に上る関学ラグビー部。今シーズン、上ヶ原の地に君臨した男の存在が、人々の視線を集め、期待を高まらせている。日本ラグビー界における歴戦の勇士、アンドリュー・マコーミックが、朱紺の闘士たちに薫陶を授けているのである。

 

■アンドリュー・マコーミック『赤鬼は、優しく微笑む。』

 

 上半期に行われた大学定期戦での一コマ。試合後に両校の選手たちが、レセプションにて交流を深めるのは、いつもの光景。軽食とともに振る舞われるアルコールも、メンバーたちの気持ちを高揚させる。ついつい飲み過ぎたか、顔を真っ赤にさせた4年生部員が声を上げた。


 「これからは僕が赤鬼を継ぎます!!」


 高らかな宣言に周囲も大笑い。その姿を見て、コーチ陣がにやけながら、「こう言っているけど」と、一人の男に投げかける。振られたのは、おおよそ体格もがっちりとした、それでいて白い肌に、青もしくはグレーいや茶色か、何ともいえない澄んだ瞳で、その風景を見つめていた男性。ジャケットからのぞかせる首元には朱紺色のネクタイが締められている。


 男の名はアンドリュー・ファーガソン・マコーミック。交流ある者は彼を「アンガス」と呼ぶ。かつて桜のジャージを身に纏い、一国のキャプテンをも務めたラガーマン。舶来の闘将、激しいプレースタイルから、ついたニックネームは『赤鬼』。


 そう、いまの関学には鬼がいるのだ。


 「入るとは思ってなかったけどね」


 関西学院大学体育会ラグビー部ヘッドコーチ就任という衝撃的ニュースから半年。大学のグラウンドに併設されたスポーツセンターにて行なわれた1次合宿でのインタビューで、マコーミックHCはそう振り返った。3年前、当時トップウエストに属していたNTTドコモ・レッドハリケーンズのHCに就任してから、チームの本拠地が大阪だったこともあり、合同練習や練習試合で関学と接することがあった。胸を貸す立場から見て、そのときの大学チームの印象は


 「一生懸命やっているチーム。ゲームへの準備とかける時間、アップと組織の点が良かったです。

 ゲームになったときは、力・サイズの問題があったと。それでも良いプレーはあった。それを80分やるのは大変。やっているラグビーは悪くないが、ひとり一人の接点で負けていたかな」


 当時のイメージと、いま直接関わるなかでの実状とを刷り合わせ、丁寧に日本語を紡いでいく。


 「あと、若さ。ラグビーをやっている時間が、社会人はそれこそ10年くらいプレーして身体が出来ているから。けど、いま学生のなかでも1年生と4年生で身体は違う。1年生はまだまだ大きくなると思うし。徳永(FL=商2=)は4月と身体が全然違う。最初ガリガリだった(笑)。大学生はまだ身体が出来上がる、その最中ね」


 NTTドコモ、その前はコカコーラウエスト、と数多の社会人チームに指導者として携わってきたなかで、リーグ昇格といった輝かしい成果を残してきたマコーミック氏。その経歴において、学生のチームを指導するのは初めてのこと。これまでの練習の場で様々な大学チームたちと触れ合うことはあったが、そのなかで「印象が良かった」と話す関学に巡り合った。「社会人ラグビーをずっとやってたので。大学、面白いなと」。


 そこにあるのは『アンドリュー・マコーミック』というラガーマンを形成する、一つの純心。


 「チャレンジ、大好きです」



 楕円球の王国から赤道を越え東洋の島国へと渡ったのも、ずばり新しい環境への挑戦だった。生誕の地は南半球のニュージーランド。祖父・父はともに母国の代表、言わずと知れた『オールブラックス』に名を連ねてきたという家系で生を授かった。受け継がれたDNAは、必然として黒衣への憧れを芽生えさせる。しかし、それが叶うことはなかった。当時23歳、クルセイダーズ(カンタベリー州協会)の主力だったマコーミックは代表選考(『オールブラックス・トライアル』という)にて落選。王国への条理において、挫折を味わったのである。「それから2回挑戦するも結果はだめでモチベーションも下がっていた」。彼は王国から飛び出ることを決断する。選んだ先は、日本だった。


 「海外でラグビーするときも、周りから色々言われたけどね。イタリアとかも選択としてあったけどそこはラグビーオンリーだった。僕自身まだ若いから仕事でもチャレンジしたくて。東芝が仕事とラグビーの両方が条件だった。その形は日本だけ。面白いな、と」


 母国ニュージーランドを始め、楕円球が文化として刻み込まれている環境に敬意を払いながらも、それだけではない、一人の人間として成長する道を選んだのである。


 東洋の地に降り立った彼はここから日本ラグビー界において輝かしく確かな足跡を残していくことになる。96年、社会人リーグの東芝府中に入団。1年目は規則により公式戦に出ることは出来なかったが、2年目からは晴れて出場へ。この年、チームには強力なBK陣が揃い、「メンバーが合った」と話すマコーミックもCTBとしてその一角で活躍を見せる。果たして、それからの東芝府中の日本選手権3連覇に貢献。社会人ラグビー界における一時代を築くとともに、自身はさらにその上のステップへと進む。99年のW杯にむけて結成された、かの〝天才〟平尾誠二氏率いるジャパンのキャプテンに任命され国際試合を戦うことになったのである。それは日本ラグビー史で初の出来事だった。


 国の代表とは、ラガーマンとして目指す高峰。彼が手にしたのは、黒一色に銀のシダが縫われた王国の装束ではなく、紅白のストライプに桜のエンブレムが刻まれたジャージだった。それでも、マコーミック氏は断言する。


 「ジャパン代表のキャプテンをやれたことは、すごい誇り。生まれたときから、お祖父さん父親がオールブラックスで、まわりはみんな自分を知っている環境でした。けど、日本は誰も自分を知らない世界だった。自分が変わらないと、と思ってラグビーを続けた結果だったから」


 その後、2度の引退を経て日本ラグビー界には、それまでと違う立場で関わっていく。母国に帰省しながらも、飛行機で通い続けたコカコーラウエスト時代は臨時コーチとしてチームのリーグ昇格に貢献。続くNTTドコモの監督就任にあたっては、家族ごと日本へ住まいを移し、こちらもリーグ昇格を遂げた。チームを次のステージへと押し上げる功績、人は彼の背中に『勝利請負人』の肩書きを見た。


 あれから3回ものW杯が開催され、2012年、マコーミックは次なる指導の場に全くの新天地を選んだ。関西学院大学、大学生というカテゴリー。



 「常に見られている環境というのは大きいです」


 マコーミックHC元年、主将を務める藤原慎介(商4)はその影響力をそう話す。ある種の伝統でもあった、関学独自の「学生主体」の体制。フルタイムで指導にあたる存在はこれまでいなかった。新しいHCは、それを埋めるピースとなった。それも、とてつもなく重要な。


 「4回生だけで進めていくと、甘えが出てきてしまったり。下の学年の子も、ゆるい気持ちが。フルタイムでいてくれることで、引き締まって集中できている。

 説得力があって、言うことがチームに入ってきやすいです」


 常に近くにいて、自分たちを見てくれているという存在は、やがて信頼を生む。信頼があるこそ、練習メニューやメンバー選考にも納得がいく。この春、早くからチーム内で意思統一が成されていたのも、この環境が与えたものが少なからずあるはずだ。


 藤原組で構築された新しい体制は、絶対的信頼のもとで回っている。むろんベースは学生たちの意思。取り組むメニューは、週初めの火曜日に監督、HC、そして4回生の幹部で話し合われる。そうして火曜日の昼には4回生と下の各学年の幹部に、そこからチーム全体へと落とし込まれていく。跳ね返ってくる学生たちの意見も取り入れながら、練習メニューを考えていく。マコーミックHCも、メニューの意図をきちんと伝え、指示を出す。「アンガスさんを信じて。チームの方針を、迷いなく進めていけてる」と主将は全幅の信頼を語った。


 半年間で、それほどまでの関係を築けた理由とは。その人が持つオーラも、もちろんあるだろう。ラグビーに通ずる者であれば、一度は聞いたことがあるビックネームだ。だが、いまの学生たちにとっては「アンドリュー・マコーミック」の現役でプレーする姿というのは、おそらく物心がついたばかりの頃になるはず。実際、高校からラグビーを始めた藤原も「凄さは知らなかった」と漏らす。


 「学生のHCをやるのは初めてだから、今までと同じやり方では困るね。選手たちの気持ちと僕のやり方、その2ウェイを合わせて」


 そのために、何よりも大事にしているのはコミュニケーションだとマコーミックHCは話す。遡れば、彼が日本のグラウンドに降り立った際も、最初は言葉の壁が立ちはだかったという。しかし「会社だったり、遊んだりで一緒の時間を増やした。話すのを見るだけで覚えていくしね。あ、日本の彼女にアタックするためにも日本語を覚えたよ!(笑)」。


 同じ時間を過ごしていくなかで、必然として会話が生まれ、濃密な関係へとつながっていく。ふとしたグラウンドでの一場面、部員たちに愛称で呼びかけ、話す姿があった。SO土本佳正(社4)には「ツッチー!」との具合で。


 総勢150人超の部員を前に「時々、名前が出ない」と罰が悪そうな表情を見せたが、親指を立てた。「でも、覚えています。彼らをニックネームで呼んで。僕が来てから4ヶ月一緒にいるからね」。さしずめアンガス流コミュニケーション術といったところか。


 そこから、欲しいのは部員たちからの働きかけだとマコーミックHCは語る。「自分の思うことは言って欲しいし、どんどん言ってくれたら。私たちチームなので。毎日練習で合うし、僕も事務所にいるので。壁が無い、ノーウォールで。けど、僕の変な日本語で困らせているかもね(笑)」。



 コミュニケーションの大切さを説かれた一人に副将の安田尚矢(人福4)がいる。


 「常に取れ、と言われています。副キャプテンは、チームとして何をせなあかんかを一番分かっとかなダメなポジションで。とにかく言い続けなあかん、と。


 プライベートでもアンガスさんとコミュニケーションを取って、『ヤスの思っていることを話して欲しい』と。


 すごい頭の柔らかい人ですよ。メニューも『僕はこれが良いと思うけど、どうかな?』って、その理由も詳しく言ってくれる。学生ならではの意見もこっちから言うし、それに同調もしてくれる」


 双方のベクトルが交差し、一つの大きなベクトルへと変わっていく。「自分の考え方だけでは、ね。教えられる技術面とそれ以外のとこはスタッフと話して、聞いて考えて良い方法で。スタッフのサポートが無いと困ります。


 選手だけで125人いて、組織面はすごい難しいけど、僕もまだまだ勉強中。色々とやり方あるね。毎日が楽しみ」とHCは目を輝かせた。


 これまでと違った、新しい環境に身を捧げている。社会人から学生へ。かつてはトップリーグ昇格を託された。今回は、日本一。それでもコーチとして果たす責務は変わらない。それは「状況も環境も違うので、比べられない」ものではあるが、勝利の先に目指す結果があり、結果のために目の前の勝利があるという定理は不変だ。


 いま関西学院大学ラグビー部の置かれている環境にも、さらに良くすべき点があるという。だからこそ「結果が出せば変わるかもしれないし、結果を出すためにも変わることが必要。どっちの考えもあります。まだ日本のトップ4にもなってないからね」


 勝利請負人の看板を背負っている以上自らの使命をはっきりと胸の内に宿している。「本当に毎日が大事。僕自身が、大学のコーチとしてどこまで伸びるか、を考えている」。


 アンガス効果は確かに存在している。ラグビーのスキルを始め、チャレンジ精神、コミュニケーションの重要性、学生たちが学べることは多い。そして、ラグビーをプレーするうえで欠かせないものがある。それは、ファイティングスピリットだ。


 ジャパンを経験した者が語る、その台詞のなんという重さ。「テストマッチは、いつもとは違う気持ちが必要。絶対負けない、というね。相手も同じ気持ちでくるから。

 学生たちにも勝ちたいという気持ちはあると思う。勝つ為にやっているという選手の気持ちが大事なんです」。


 死に物狂いで勝利を目指すという気持ち。その闘志のエッセンスを、指導するチームに、もたらしたい。


 関学にも? 「作りたいな


 そう口にしたときの目の鋭さ。これが、赤鬼と呼ばれた男の瞳か。マコーミックHCは静かにうなづき、口元を緩ませた。鬼の微笑み、そこにスケールの大きさを感じた。(記事=朱紺番 坂口功将)



フィジカル班『継ぐ者と拓く者』

投稿日時:2012/09/05(水) 01:15

 プレーヤーの身体をサポートする『フィジカル班』のなかで、水野正蔵(法4)と篠田春香(総政4)は先頭に立つ。毎年様変わりする大学スポーツにおいて、その姿は特異だ。ここに至った彼らの姿をコーチの視点も交えながら映し出す。

 

■フィジカル班『継ぐ者と拓く者』


 6年が経つ。関わった学生の入部から引退までを幾度と見てきた。そのポジションは指導者というよりは、、、やはりトレーナー。部員たちの信頼をその一身に宿す、辰見康剛コンディショニングコーチは話す。


 「学生トレーナーがここまでしっかり出来ている学校は日本にない」


 感心する辰見コーチの鼻は高々。幸福感すら覚えるという、関西学院の魅力。その1ピースに、スタッフ陣なかでも学生スタッフたちの尽力がある。プレーはせずとも、彼らは選手と同じく学生チームの主役だ。そして彼ら彼女たちは、世代の移り変わりに応じて、変化を続けている。継承と開拓いま藤原組には、2つの献身が存在する。


 源流をたどろう。かつてプレー以外の、サポート面は大方がマネージャーたちの仕事だった。次に、トレーナーとしての役を学生が担うようになった。最たる例が〝初代〟トレーナー代表・内藤誠泰(経卒)である。翌年、サポート=「支える」ことに2つの解釈が生まれる。『フィジカル班』と『メディカル班』。その分流が生じたときの当時のトレーナー代表・西嶋愛(商卒)の言葉を借りるならば、前者は「アップとかフィットネス、体を〝作る〟」もの、後者は「テーピングしたり怪我の対処したり」するもの。辰見コーチ(この年トレーナーからコンディショニングコーチへと変わった。「やっていることは一緒」と当時のご本人の弁)の存在も相まって、学生たちは知識を取り込んでいく。と同時にスタッフの数は増え、より彼らの役割は専門的かつ細分化されていく。スタッフという大きな枠組みのなかで、それぞれに特化した、多岐に渡る分野からプレーヤーたちを支えるようになった。トレーニングメニューやゲームの分析、食事面の管理。いまや150人超の部員数のなかで、スタッフは5分の1を占めている。


 新しい境地が拓かれた。『フィジカル班』での出来事。トレーナーの歴史に「篠田春香」の名が刻まれたのは2年前のことである。スタッフ史における、初の女性フィジカルトレーナーの誕生だった。


 それは、ある種の一大事。「ラグビーのチームでフィジカルを専属にしている女性トレーナーは見たことない。メディカルといった、〝ケア〟ありきのトレーナーならまだしも。男性がやるのとは比べものにならないくらい」と、その事の大きさを辰見コーチは語る。


 篠田自身は高校生時代にソフトボール部に所属するなどアスリート気質を兼ね備えていた。体を動かすことへの関心はもとよりあった。『フィジカル班』にフィットした理由はそこにある。だが、確かに存在した性別の垣根を、彼女自身が、まざまざと実感することになった。


 例えばストレッチの場面。トレーナーとして、選手たちに体の動かし方を指示する。が、選手たちは動かない、いや動かせないのだ。


 「私だったらストレッチして届くことも、男性だと筋肉がつき過ぎて届かないことも。筋肉があり過ぎて動かせないなんて、自分に(筋肉が)ついてないから分からない」


 彼女がぶちあたったのは未体験もとい不可知な域にあるもの。


 「高校ではウエイトも無くて、本格的なトレーニングもやったことなかったんで

 『こうやったらモチベーション上がる!』とかも、それまで女の子が中心だったので、通用せず。

 ラグビーを知りだしたのが高校。選手たちは、それこそ10年以上やっている。どこまで分かってられてるんかなと」


 篠田は打ちひしがれた。性別も、身体も、感覚でさえも、違うことの壁を前に。そんな彼女に追い討ちをかけるように、状況は変化していく。トレーナー陣に、一人の部員が加わったのだ。その部員とは水野正蔵、ポジションは、元FL。
 


 もうプレーは出来ない。告げられた、だ円球との別れに彼は状況が飲み込めなかったという。ゲーム形式の練習中に水野は頚椎を痛めた。一過性ながら全身麻痺にまで至った怪我の状態は重く、診察を受けた当日に離別の宣告を受けた。


 「小1からラグビーをしてきて、あって当たり前のもので。当日に出来ないと言われて現実を押しつけられたときに悔しい思いがあった。

 怪我したときに、同回生が電話とかメールをしてくれて同回生の奴らが好きだったんで、すぐ辞めるのは納得できず。形は違えど、ラグビーしたいと」


 たとえプレーヤーとしてボールに触れられずとも、だ円球への思いは曇ることはなかった。「急すぎて、辞めることは頭に無かった」とも水野は振り返る。それからスタッフとしてチームに関わることになる。けれども、その転身に際しても当初は新たな苦しみに苛まれた。


 「すぐにトレーナーをして、では無く。まだプレーの気持ちは強くて。在庫整理とか雑務をしながら一人前のスタッフでもないし、プレーヤーでもなくて。具体的な仕事が無くて、苦しかった」


 その苦しみも、過ごす時間と果たすべき役目への責務が解決していったのだろう。辰見コーチは当時の彼の様子をこう語っている。「僕が印象しているのは、意外とサバサバしているな、って。冷静に、与えられたことをやろう、と覚悟を決めたのだと。フィジカル班でいこう、というのもスムーズに決まった」


 こうしてフィジカルトレーナー・水野正蔵が誕生したのである。


 それは〝彼女〟にとってライバルの出現でもあった。「負けたくない、と」思っていたという当時の胸の内を篠田は明かす。負けん気の強さ、やはりはアスリート気質がその感情を呼び起こしたか。だが、このときばかりはプラスに働くことは無かった。


 「フィジカル班は動くことが中心で、男の子なんで呼ばれるのが正蔵だった。悔しくて『やらなきゃ』の意識が強い時期もあった」


 焦りと責任感が篠田のなかで入り混じる。「うまくいかなかった」3年生次の苦い日々。「失敗続き。全部がうまくいかなかった。自分のせいで


 辰見コーチが言うに「真面目すぎて、あれもこれもと。その結果、中途半端になってしまう」せい。自分で頑張り過ぎるゆえに、全力を出す箇所の配分に手が回らなかった。苦しむ篠田に、辰見コーチは小言からアドバイスまで言い続けた。それは期待の裏返し。「『女性だからダメだね』で終わらすのは関学のためにならない」から。そう、篠田の存在は現役のチームのみならず、ラグビー部史の変遷を握る重要なものになっていたのだ。すなわち、女性フィジカルトレーナーの先駆として。
 


 腹はくくった。トレーナーの道を歩み出した水野は、それから知識と経験を重ねた。プレーは出来ずとも、体は動かせる。


 「トレーニングを見るのが好きなんで。一緒にウエイトルームで体を動かすのも居心地が良い。

 一緒に体動かすことで選手たちの思うことを気づけたり、選手側も受け入れ易いと思えたり。ガリガリの人に指示されてもピンとこないかなと(笑)」


 篠田の苦労も、しかしこればかりは仕方のないことだろうが、水野にとっては分かりえない部分。〝彼〟も、フィジカル班なのである。「出来るのに、やらないのはもったいないと」。おおよそスタッフ陣でも浮きだつ鍛えられた身体は、そう考えている証、身も心もトレーニングに捧げている証だ。


 と同時に、彼は新しい関わり方にも着手した。今年の4月にレフェリーのC級ライセンスを取得したのだ。プレーヤーの経験を活かす手段として、チームへの貢献を増やした。


 「選手の経験もあったんで、そのときの知識と経験を。永渕(雅大=経4=)も一緒に」


 練習メニューのなかでも、実践形式のものでは必然的に、笛を吹く役が必要となってくる。「最低でも一人はいるなと。で、僕がやろうと。最初は無免許で練習のときだけだったけど(笑)。けど、実践の練習が一番大事なので。レフェリーの質が上がらないと、練習の成果につながらない」


 使命感が水野をステップアップさせた。トレーナーに新たに加わったレフェリーという役割。その姿は、振り返れば2年前の大崎怜(商卒)と被る。


 スタッフとして学生時代を貫いたトレーナー・大崎。彼はレフェリングの資格を取った点における第一人者である。先輩のプレーヤーも同時期に試験に合格した経緯もあるが、スタッフ陣の存在が確固たるものになりつつあった時代にレフェリーも兼任でき得た稀代の雄。部員数も激増していくなかで、練習時のサポートを厚くするべくして乞われた形だった。


 そのDNAは2年経ち、後輩に引き継がれていた。トレーナーとレフェリーの融合。そこにある、水野の思いとは。「チームにとって必要とされる存在に。フィジカル班になってからも思っててレフェリーも含めてチームに貢献できる」。部への献身の一つのスタイルとして、それは確かに継承されている。


 一方で、篠田も3年生次の教訓を活かし、自分なりのスタンスを打ち出す。それは、スタッフという縁の下の、さらに縁の下に就くということ。「自分が動くよりも、後輩をうまく取り込んで」仕事に向き合うことにした。アップ時に前に立つよりも、プレーヤーたちが取り組むメニューが円滑に進むように努めた。といっても、練習メニューは多彩(部員数の増加も伴っている)で、スムーズに回すためには、しばしグラウンドを奔走することもある。だが「それが楽しくて」と彼女は微笑みながら、こう続ける。


 「メニューがうまく進んだら、アンガスさん(マコーミックHC)がアイコンタクトで『いい練習出来たね』と。それがモチベーションになったりも。

 いまはグラウンドを全面使ってて。私が1年生のときはゲーム形式でもコート半分だったりしたけど、いまは端から端まで走ってます!」


 分単位で150人の部員が1面のコートで、決して被ることなく動く。篠田を筆頭にフィジカル班がサポートしコントロールする様を辰見コーチは評する、『芸術作品』と。


 「春ちゃん(篠田)が縁の下にいるから、後輩たちも動ける。女性のフィジカルトレーナーということは、すごく勇気がいること。性別の違えば、身体も違うなかで、春ちゃんなりに工夫して伝え方を変えていかないといけない。怒られたこともあるし、悩むこともあった。けど、女性であることを言い訳にしたことがない。それが素晴らしい。

 根性、打たれ強さ、忍耐力は正蔵よりもあるんじゃないかなすごいよ」



 その強力なサポートに縁の下を支えられ、フィジカル班のリーダーに水野は立つ。「信頼して任せられる」リーダー像である反面、おとぼけな部分もあると辰見コーチは話す。


 「『さっき言うたやん!』と言わせるようなね、かわいげのある凡ミスささいなミスだったりのポカをしても、まとまる、そんなグループのリーダー。天然ボケなとこもあるけど、まわりがサポートしたら、と」


 ただ生真面目なだけではなく、リーダーのそんな一面も緩衝材となっている。それらも含め、フィジカル班はお互いがサポートし合う環境が出来ている。


 「正蔵がレフェリーだったりでシンドいと思うので、そのときの練習は自分がやろう、って。自然に役目が分かれてる感じ。出来ることがお互い違って、うまく分かれたと」。そう話す篠田の表情に、硬さは一切見られない。


 加えて、皆がストイックな点はこの班の真骨頂である。専門的な知識を取り組もうと勉強に励んだ岩尾佳明(経卒)をかつての例として、いまのトレーナー陣も勤勉だ。3年生の大下真須美(経)も教科書を手に、女性トレーナーとして篠田に続いている。


 そして何よりもリーダー水野の意気込みは常に上向きそのもの。


 「トレーナーとしてもっと上に。チームに貢献できるよう成長したい。4回生として残された時間もわずかなので

同期・後輩たちと最後まで勝ちを求め続ける、最後まで高めていきたいです。楽しめるとこは楽しんで、頑張っていきたいと」


 フィジカル班を引っ張る水野と篠田。「2人の意見を合わせて決めていくなかで、僕自身がその意見を参考にしたいと思える存在」と辰見コーチは語る。2人からすれば「大先輩だし師匠」(水野)に当たる存在からのその言葉は、今日の充実ぶりを表しているに他ならない。


 それらはこれまでの先輩たちが紡いできた思いや姿勢に倣い、やがて自分たちが持つ勇気と向上心によって、到達した現在地である。


 今年の夏、彼女は誓った。「最後まで私はサポートし続けます」。献身の思いは今日もチームに注がれる。(記事=朱紺番 坂口功将)
 

1回生特集『疾走するニューカマーたち』

投稿日時:2012/08/17(金) 04:24

 夏シーズンを迎え、リーグ戦へ焦点を定めるとともに、激化するレギュラー争い。総勢125人を数えるプレーヤーたちによって繰り広げられるその争いは、もはや学年など関係なし。そのなかで、若獅子たちは朱紺のジャージを目指しアピールを見せている。

 

■1回生特集『疾走するニューカマーたち』

<笹井宏太郎>
 

 4月22日、朱紺の闘士たちが新しく誕生した。関学スポーツセンターで行なわれた入部式。新加入した44人の部員たちは朱紺のネクタイを首に締め、決意表明の場へ。皆がこれから始まるラグビー生活にむけ思いを語る。なかには涙する部員の姿もあった。


 それから1ヶ月後、大体大との1回生マッチを経て、Aチーム入りを果たす面々が現れた。5月20日の立命大戦、スターターの『10』番に名を載せたのは宇都宮慎矢(社1)だった。


 1年生のなかで一番のりでスタメン出場を果たした宇都宮にとってデビュー戦は熱いものだった。それはゲームが終わるや否や帰宅を命じられるほどの発熱のせいでもあったが。試合では自身が心に決めている「強く突き刺さるようなタックル」を決める場面が見られた。終わりしなには「フラフラだった」が、上々のスタメン初出場となった。アピールは続く。Aチームの次なる試合となった6月10日の天理大戦では勝利を導くトライを決めたのだ。


 「いつも狙っているとこ。相手の裏が空いているかどうかを見て、自分でいくか味方に渡すかを」


 その判断を迫られたのは後半24分のこと。ボールを持つと相手のディフェンスラインを前に、そこでは自ら切り込んでいくプレーを選択した。そうして奪った決勝トライ。それは高校の先輩であるSH湯浅航平(人福3)が、「自身で抜くプレーも得意」と後輩の特徴を述べた、〝宇都宮慎矢らしい〟ワンプレーであった。


 出場に際しては「緊張する」方と話す宇都宮。立命館大戦も、天理大戦も然り。だが、それも試合が進むにつれ湧き出るアドレナリンがかき消していくという。加えてチャンスをものにせんとする気概が彼にはある。「常に挑戦、でいきたいと」。


 京都成章高時代は後輩SOに座を譲り、FBとしてプレーの場を求めた。現在はSOとして、しかし大学でもレギュラー取りは容易くない。まだ1回生とあって体格差の問題もある。


 「大学はみんな体が大きい。コンタクトの面が高校とは違う。筋トレとかで体重を増やして。練習でも試合でも通用するよう強くしていきたい」。


 タックルとラインブレイクを武器に、キックは「ミス多い」と反省するが、それでも宇都宮の挑戦はまだまだ始まったばかり。後輩の台頭に先輩・湯浅もエールを送る。「いまAチームで出ても恥ずかしくないプレーヤーになってくれてるんで。負けないように頑張って欲しいです」。



<宇都宮慎矢>


 その同期の、SOとしてのAチーム選出に「びっくりした」と話すのは同じく京都成章高から入学してきたPR安福明俊(教1)。彼も同じく天理大戦でリザーブとしてAチームのベンチ入りを果たした。けれども、宇都宮とは対照的に、こちらはホロ苦いデビュー戦となった。


 出番は後半25分、そこからチームにとってトライシーンを目前にしたビックチャンスが訪れた。ボールを持った味方が倒れラックに転じる。安福はオーバーに入ろうとする。だが、ここで相手に押し返される失態。結局、トライには至らずチャンスを逃す形となった。「オーバー出来ていればトライ取れてました」と悔やんだ。


 悔い残る初出場だったが、その後はAチームの『1』番に定着している。その理由は、「走れる」ことにあるだろう。「走れる方なので」と自負するフィットネスは、いまチームのメンバー選考で重きを置いているもの。「一番走れるPRになりたい」と意気込む。


 もともと高校時代はCTBだったという経歴の持ち主だ。ずっとベンチでくすぶっているなか、2年生次にFWコーチに誘われた。そうしてPRにコンバート、そこから3年生次にはスタメンへと抜擢された。15キロの増量を余儀なくされたが、適性を見出された形。現在「走れる」こともBK時代の財産と思えばうなずける。いたずらに「逆にいまCTBをやれと言われたら?」と質問をぶつけると、「無理です」と苦笑いを浮かべた。


 そんな彼も、まだまだ課題として肉体面を挙げる。スタメンで起用された7月1日の同志社大戦。「最初から気合入るんでリザーブとは全然気持ちの入れ様が違う。(試合は)走り切れず。もっとフィットネスを頑張らないといけないと」。


 さらなる増量も。95キロの壁が立ちはだかっていると話すが(現在は92~94キロ)、最終的には「100キロで走れる」体を目指しているという。部内でのスクラム練習では対面するPR幸田雄浩(経4)らに圧される場面もあり、肉体増強は必須だ。


 「体重軽いぶん、セットプレー、スクラムが課題。経験積んで強くなっていく」


 夏合宿でのある日、チームの練習が終わってからも一人黙々とグラウンドで体を動かす彼の姿があった。「監督・コーチがいはるけど、大学は選手主体。自分たちで考えてサボるのも自分次第なんで。自分がもっと頑張らないと」。FWの最前列で生きていくストイックな姿勢はその決意の表れではと感じた。



<安福明俊>


 安福がフィットネスを嘆いた同志社大戦。雨も相まってタイトな試合展開のなか、先発完投を遂げた選手がいた。SH徳田健太(商1)である。春シーズン最終戦を控え、1週間前にAチーム入りを果たした。初スタメンにも「あまり緊張しないタイプ」と物怖じけることなく試合に臨んだ。


 ゲームが終わってから目の上が腫れあがっていることに気づいたが、プレー中は気にならないほどのハッスルぶり。「自分の持ち味はディフェンス」と話すように、DFラグビーを掲げた関学高等部で身につけたプレースタイルを今年のチームにおいても発揮している。ともすれば、まぶたの腫れも殊勝の傷ということか。


 一方で、攻撃の起点としては納得のいかない様子。スリッピーなコンディションだったせいもあるだろう。だが自らのミスが目立ったこともあって反省の弁がこぼれた。


 「自分のミスを他の人がカバーしてくれて助かりました。今日は捕まり過ぎ。うまくさばけるように、ボールをうまく供給できるように」


 ミスの要因の一つ。それはルーキーたちが必ず通るもの。高校と大学の一番の違いともいえる、『接点』だ。体格差はもとい、そこから生まれる激しさに、打ちのめされる。徳田は言う。「さばき易さが違う。そこでミスが生まれる。改善していきたいと」


 皆が通ってきた道。慣れること、大学用の体を作り上げることで攻略できる。その課題は前提として、レベル高き関学SH陣に名乗りを挙げたことは特筆すべき点だ。なにせ今シーズン序盤から君臨し続けた湯浅とのスタメン争いを制したのだから。これには湯浅も落ち込んでいたとのことだが、主将・藤原慎介(商4)も「湯浅にとっても成長できる、良い経験になる」と期待を寄せる。そう、ルーキーの台頭はチームにとっても刺激となるのだ。


 「うまい人がSHには、いっぱいいる。(スタメンのときは)そのぶん精一杯やろうと。出る機会があれば、精一杯やっていきたい」


 6月17日の関大B戦では独走トライを決めるなど攻撃的な一面ものぞかせた徳田。中西健太(経4)も怪我からの復帰が見込まれるなかで、『9』番をめぐるバトルは彼の存在によって激しさを増しそうだ。



<徳田健太>


 徳田と同じくして、高等部時代に花園ベスト4の一員であったFL笹井宏太郎(教1)もAチームでアピールを続けている。立命館大戦では控えとして途中出場を果たすと、6月24日の関東学大との定期戦で憧れだった朱紺のジャージの袖に腕を通す。「重みが違うな」と実感した。


 体型が細く小さいことを認識しているからこそ、自らのアピールポイントは豊富な運動量だと話す。「チームのなかで、走り続ける運動量を。フィットネスもFWで1番を目指して」日々取り組んでいる。これまでリザーブでの出場が多いが、「流れを変えるのは、自分が走ることで。他の選手が疲れて動けないところをフレッシュに走っていきたい」と目を光らせる。むしろ効果的な起用方法になりうるか。


 その運動量に加え、笹井にはもう一つの武器がある。それは体をなげうってでも繰り出す闘争心あふれるプレーだ。春シーズンで最後の出番となった同志社大戦では試合のラストワンプレー、相手に抜かれそうになったところを必死に食らいついた。ひきずられた際に負傷することになるのだが、そこで流れを切ったことで勝利を告げるノーサイドの笛へと導いた。振り返れば花園のピッチに立ったときも、トンガ人留学生と対峙した際に胸部を骨折した。それでも痛み止めを打ち、準決勝の舞台までグラウンドに立ち続けた。


 FLとして常にボールあるところに働きかけなければならない。タックルに、ブレイクダウン。「高等部はディフェンスを大事にしていた。いまもタックルにいく回数は意識している」。自慢の運動量は存分に発揮される。一方で、それだけでは通用しないことも自覚している。同志社大戦でインゴール目前で捕まえられた場面を引き合いに笹井は語る。「タックルされても倒れない強さが必要だと。コンタクトが通用していない。フィジカルがまだまだ。体を鍛えていかないと」。


 前出の徳田同様に、明確な課題と向き合っている。それを攻略することは、心技体において関学〝大〟のラガーマンになることにつながる。「フィットネスを落とさず、フィジカルの強さを出していきたいと思います」。答えは出ている。それに至るまでの数式を解いていく作業が、すなわち笹井の成長曲線だ。


 2012年、日本一を目指しひた走る藤原組に加わったラガーマンたち。対戦する敵とも、そして部内競争にも彼らは猛然と立ち向かっている。その姿はどこか爽やかにも感じられる。新戦力、もとい〝新鮮〟力がチームにとって爽快な追い風となることは、期待するに堪えないだろう。(記事=朱紺番 坂口功将)

 

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