『WEB MAGAZINE 朱紺番』
畑中啓吾『VISION』
投稿日時:2013/04/18(木) 19:22
■畑中啓吾『VISION』
一つの戦いが終えんを迎えたとき、男は涙していた。ロッカールームという空間で、こぼれる嗚咽が響く。とめどなく流れる涙が全てを物語る。12月23日、筑波大戦。チームとしても、そして個人として、完敗を喫した。
「しばらく泣き叫んで…家に帰って、そっこう寝ました。試合が終わったときは…4回生の為に何も出来なかったという申し訳ない気持ちと」
関東王者の壁を痛感したラストゲーム。そのなかで、彼自身も、対峙した相手WTBとの差を思い知った。
「人生で初めてぐらいの…完敗でした。一対一では」。その相手の名は福岡堅樹。ジャパンにも選ばれた、日本トップクラスの快足WTB。畑中は、はっきりと述べる。「力の差、感じました、正直」。
戦いが終わってしまったことへの無念と、一人のプレーヤーとしての屈辱に、関学のエースWTBは打ちのめされた。昨シーズンは、どんな状況でも前向きな気持ちで臨んでいたと話すが、それをも覆い尽くすほどのショックが最後に待っていた。「なかなか…立ち直ると言うか…また頑張ろうという風に持っていくのは難しかったです」。畑中啓吾の2012年は、こうして終わった。
しかし、どれだけ打ちひしがれようとも時間は流れる。一つの戦いの終わりは、次なる戦いの始まりを指す。年末から、翌年の最高学年を控えた当時3回生の部員たちは体制づくりに向け話し合いを進めた。チームづくりについて、キャプテンを誰にするか、等々。部として移り変わろうとする状況のなか、畑中もメンタルに関する書籍を読むなどして、意識を次に向けた。
例年であれば、シーズンが終わればオフ期間に突入、2月の納会にて新体制が発表され、新チームが本格的に始動する。だが、継続的な強化を打ち出した今回は年明け早々から練習を開始させることに。1月9日の全体ミーティングでその旨が伝えられた。と同時に、監督・コーチ陣からも新体制が述べられ、想定している新キャプテンの名もホワイトボードに記載された。そこで書かれたのは、畑中の名前だった。
「ある程度、予測というか…自分がなる覚悟はしてましたけど、会議室9のホワイトボードを見たときにどきどきしました。今まで意識はしてたけど…それが濃くイメージできた。心臓がバクバクと」
けれども、この時点で学生間ではまだキャプテンは決まっておらず。部員たちが納得する形を取るためにも、一旦は話を持ち帰った。そこからの約一ヶ月間。畑中を筆頭に、PR南祐貴(人福4)、FL丸山充(社4)、SH湯浅航平(人福4)の4人でローテーションを組み、毎日の練習時のリーダー役を回した。部員同士でも、一対一で話し合う機会を設け、むろんキャプテン候補同士でも。そこで互いの本音をぶつけあった。畑中は、同期にこんな問いかけもしたと明かす。俺がキャプテンをやったら、どう思う―?
「『それは全然大丈夫と思うけど、去年WTBとしてトライゲッターの務めも果たして、それプラス、キッカーの仕事もあって…それにキャプテンの仕事を与えられて、プレーに集中できなくなってしまわないか』って。『啓吾はチームのことを考え込まずにプレーに没頭して欲しい』と言ってくれたんです、何人かが」
そうした声を素直に受けとめた。一方で、彼のなかにある反骨心にも似たハートにも火が灯されていた。
「そんなんで負けない!というか…。役職を与えられても、トライを取りきる自信はあるし、キックを決める自信も。よくよく考えたら、しっかり練習して、しっかり準備すれば大丈夫なことだと思ったんで。心配しなくていいよ、と後日伝えました」
心積もりは出来ていた。そうして最後の決め手となったのは、チームが目指す方向性。それは、4回生がどれだけ団結できるか、加えて、ついていく下級生たちが4回生をどれだけ思えるか、といったものだった。
「下のチームからも4回生の為に頑張ろうと思えるようなチームは強いと。小原さんの代の4回生は本当にみんなから愛されてたと聞いたので。そういうチームを目指すためには4回生のモチベーションを上げないといけない、と」
部員たちの闘志の起爆剤となる存在とは。まわりは満場一致で、畑中を思い浮かべたことだろう。「練習も100パーセントでやってて、自主練もやって、努力している」と同期は感心を抱く。その存在がリードする姿を見れば、誰もが闘争心をかきたてられる。
ここに誕生した、エースWTB畑中啓吾が率いる『畑中組』。部内で最も努力をする人間が先頭に立ち、その努力する姿を見て高いモチベーションを持つことが出来るチーム。
主将は意気込む。「もともと努力はし続けてきて、それをすることは当たり前なんですけど…。3年生の時とかは自分のためだけに努力をしていた。足りないとこを補って、自分が活躍すればチームのためになると思ってた。
今年は、チームのみんなにも努力をさせていかないといけない。自分のためだけの努力じゃなくて、チームのためを考えた努力を」
キャプテンという立場から。これは、部員たちに頭ごなしに伝えるものではない。ただ、努力とはやるべき大前提であり、その目的がどこにあるのかということ。エースという役割を担った経験も踏まえ、畑中のなかに芽生えたものである。最高学年になれば、役職・ポジションを問わず自然と湧き出てくるものでも。けれども学年の垣根を越え、部員みながベクトルをチームに向ければ、そこに膨大なパワーが生まれ、やがては結果につながる。
だからこそ、チームとして行なわせなければならないのだ。畑中が見せる努力を、全員が―
昨シーズンから関学にHCとして携わることになったマコーミック氏。コーチ就任の知らせに興奮をかくしきれなかった様子を振り返る畑中は、その新HCから嬉しい言葉をもらった。「ケーゴは練習中からも一つひとつのプレーを大事にしている。常に努力をし続けて、高いモチベーションでやっている」と。
誰の目にも映る、畑中啓吾の努力する様。しかし本人が話すに、そこに至った経緯があるという。チームの勝利に得点という形で貢献した昨年のさらに一つ前。彼が2回生の頃の話だ。
高校は名門・東海大仰星高校。双子の兄弟プレーヤーとして話題になり『畑中ツインズ』の名で花園を席巻した。高校2年生次からレギュラーを張り、一方で年代別の様々なカテゴリーの代表メンバーに選出もされたこともあった。
一目置かれる実力は確かに持っている。だが、当の本人が思い返すに“うぬぼれ”を生んでいた。大学2年生次、シーズンが始まる1、2週間前に肩を故障した。復帰してからも、思うようなプレーは出来ず。トップチームもといジュニアチームでもゲームに出れず、下位に甘んじていた。「練習、努力がついてなかった。肩の怪我を言い訳にして」。そのままシーズンを終えて、気づかされた。このままではいけない、と。
「自分が弱いというのを認めたくなかった。自分は凄いと思いこんでて…けど全然弱かった。それを自分で認めたるのが、なかなか出来なかった。
どん底にいて…そこから頑張ろう、と。3年生のときにプライドを全部捨てて…自分の力量を認めるようになって。強くなるために何をしなアカンか、それを見つけたら、努力をする。その繰り返しを」
自分自身の弱さと向き合い、克服したときに、彼は“生まれ変わった”。体格差の不利をカバーするため、ウエイトトレーニングに取り組んだ。スピードやパワーで劣るぶんは、ステップといったスキルを磨いた。その結果として、3年目にチーム内における絶対的存在へとなりえたのである。
気持ちの部分が持つ要因の大きさ。さらなるレベルアップを目指すか、それとも現状に留まるか。気持ちを切り替えることで、そこからの道のりが大きく変わることになる。
上昇志向について、畑中は一つのキーワードを述べる。それは、自分自身の現在地をどこに置くか、というもの。分かりやすく言うならば、“自分らしさ”。「『セルフイメージ』というもので、自分がその場所におって心地が良いもの。自分にとって、それ以上でも、それ以下になっても居心地が悪く感じるみたいなんです」
彼にとって、昨シーズンはAチームのリザーブで出場する機会も多く、当初はそこが自身にとって最適な居場所だったという。「レギュラーになったら緊張するし、あたふたして、『自分が活躍せなあかん』とかそういう思いもありますし、正直居心地は悪かったです。けど、それ以下、BチームCチームになると、それまた居心地が悪い。自分らしくない、『もっと上に上がらないと』って」
現状がどういったものであるのか。そこから自分が考える現在地を、自分らしいと思える場所まで押し上げること。そして、そこにたどり着くまでに努力が必要となってくるのだ。
いまの畑中にとってはトップチームで活躍する姿、いや、それ以上のレベルを自身に抱くべきイメージだと捉えている。「レギュラーになってトライ取る、そこは普通というか…。自分のなかでは、もっと。日本一のセルフイメージを持っていかないといけない」
目指すは頂点。畑中は続ける。「当然、それに合った練習はしないとだめですけど…たぶん日本一になるのは簡単だと思うんですね。気持ちの部分が大きいと。日本一になることが難しいと思ってしまえば、それを達成することが出来ないと思ってしまう。自分がなれると思えば、すごいイメージするんですね、日本一になったときのこととかを。居心地が良いというか、にやけてくる…いまはそう思うようにしてます」
頂点こそが自分にふさわしい場所だと考えていれば、そこに至らぬ現状など納得できるはずもない。
セルフイメージを高めること。畑中組の主将は、そのことをチームにももたらしたいと考えている。昨シーズンの全国大学選手権を引き合いに、畑中は語る。
「関東のチームを相手にしたときに、もちろんこっちは勝つつもりでいくけど。先入観といいますか、まずは気持ちの部分で負けたと。慶應大にしても法政大にしても、勝ち切れなかった」
話すに、昨季で全国4連覇を達成した大学王者・帝京大は、頂点こそが自分たちの居場所であると考えているのだと。関学もそこを目指してはいる、が、ふさわしいと思えるまでには至っていない。かといって、関西大学Aリーグで下位に位置することには違和感を感じる。つまりは、「関西上位」が関学のセルフイメージにおけるレベルであったのだ。
畑中組が目指すは日本一。その場所をどこまでイメージできるか、自分たちにとってふさわしい場所と思えるか。そして、そこに行き着くために何をすべきかを考え、実行していくこと。
チームとしては、昨年に磨き上げたフィットネスとディフェンスをベースとして、ブレイクダウン(ボール争奪局面)とコンタクトの面を今年は加味していく。それは、昨年に関東勢を相手に身に染みて痛感した“差”でもある。
シーズンが始まり、取り組むメニューもより具体的なものになっている。「いま朝練もしてますし、ブレイクダウンもしっかりやって。練習はやってきている。あとはメンタル。セルフイメージを高めていかないと。僕もまだ完全にそう思えてるかと言えば、そうでないと思う。やっぱり心のどこかで帝京大は強い、筑波大は強いと思っている。自分たちにとって強い姿こそがふさわしいと思えるようにすれば、そうなれると」
ラストイヤーに臨むにあたって、畑中は様々なヴィジョンを抱いている。主将という立場からチームのことを。はたまた一人の選手として、プレーする様を。
「トライ取ることは仕事だと。WTBの義務といいますか…トライにはこだわって。キッカーも、やりますね。去年はシーズンを通して(成功率が)7割くらい。全部決めるつもりで…それこそ全部決めるのが、自分らしいと思えるくらいに。それが自分にふさわしい、と」
雪辱を果たすことも忘れてはいない。あの最終試合でスカイブルーの快足WTBに振り切られた完敗の記憶、それに対するリベンジ。「次は、止めれます!」
イメージは出来上がっている。それが色濃くなればなるほど、必然として努力の量は増えるだろう。これは畑中の持論だ。「どんな人も、絶対に辛い経験をしている。そこで凄い努力をしていると。簡単にはステップアップはしない。
自分は不器用だし…泥臭く、努力し続けるしか。それが自分らしいのかなと」
負けもした。自我を見失ったこともあった。だが、表面だけでなく、心の底から見つめ、愚直なまでに前に進むからこそ。彼の努力する姿が人を惹きつける。
2013年度関西学院大学体育会ラグビー部『畑中組』。このチームがいかなる栄光を掴むかは、誰も分からない。けれども、チームを率いる彼のヴィジョンを部全体が共有することが出来れば。
努力の結晶は、国立の地で形作られるはずだ。■(記事=朱紺番 坂口功将)