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『WEB MAGAZINE 朱紺番』

春山悠太『RIDE ON TIME』

投稿日時:2012/12/22(土) 02:14

 中心的存在から、チームの真の中心に。いま春山悠太(文4)がSOに就いている。それは藤原組のラグビーを完成させる為の、最後のてこ入れ。彼こそが、『カンガクウェイ』の申し子だ。

 

■春山悠太『RIDE ON TIME』



 

 その場内アナウンスに、ほんの少しだが違和感を感じた。


 「安部君に代わりまして、水野君が入ります」


 その試合後のインタビューで、春山はおおっぴら気に言った。


 「あ、僕、SOやってるんスよ!」


 なるほど、違和感の正体はこれだったか。あのとき、SO安部都兼(経4)に変わって投入されたのはCTB水野俊輝(人2)。水野がCTBのポジションに入ったならばおのずと答えは導かれる。11月10日の京産大戦、終盤の10分間強。ピッチには新司令塔が君臨していたのである。


 「キック蹴らんようになってから、僕がSOやるようになった」


 きっかけは、チームとしての方向性をシフトチェンジしたことにあるだろう。実のところ、この京産大戦の2週間ほど前からSOとして試されていた。実戦は、その前節の摂南大戦で。ほんのわずかだったが10番のポジションでプレーをした。


 ちょうどその時期は、リーグ戦においてチームが、自分たちのスタイルを取り戻そうとしていた時期と重なる。当初は、相手に応じる形で陣地獲得に重きを置いていたが、春先から培ってきた強みを活かした戦術へと変えた、いや戻した。実現されていく『カンガクウェイ』の黎明期に、その重要なピースとして春山のコンバートが成されたのだ。当の本人は、その狙いをこう汲んでいた。


 「あくまで僕の想像なんですけどたぶんアンガスさん(マコーミックHC)はリザーブはインパクトプレーヤーを考えていると思うんです。俊輝だったり、中野(涼=1=)だったり。アタックセンスが抜群のプレーヤーを」


 磨いたフィットネスから攻守ともに走り上げるラグビー。それこそが、チームが導き出した答え。ディフェンスはシーズンを通して構築されてきた。ここに加えるはオフェンスシブなファクター。春山がSOに就けば、CTBには水野松延泰樹(商4)の2人が並ぶことになる。


 「俊輝、ノブの俊足CTBは仕掛けていくタイプ。アタック型なプレーが必要と捉えて、やらせてもらっている」


 もとより攻撃力の高さを十分に備えているBK陣だ。その彼らを〝活かす〟側にとっては、これ以上にない力強き存在。むろん、それゆえのプレッシャーも伴うわけであるが。春山はポジションが変わったことで、そのことを改めて実感したという。


 「バックスリーと、ノブの凄さを感じました。こいつらを活かさなあかん思いが」


 CTBとして自らのレベルアップを図るために、何よりもチームへの貢献として、かねてより春山自身は、周りを〝活かす〟プレーを念頭に置いてきた。自らに足りないピースであると自覚しながら、己を磨く日々。そして、4年目で迎えた最後のリーグ戦において、おあつらえ向きの機会を得たのである。



 3年生次の春から夏にかけて、このポジションに就いたことはあった。だが、選手人生の大半はCTBで過ごしてきており、SOは「無いに近い状態」。今回コンバートを経て、そのポジションの苦労を知った。京産大戦後に春山は語った。


 「(CTBに比べて)SOの方が動かないとだめ。いまやってみてSOの気持ち分かるんで安部に『こうしてくれ』と要求してたりしたけど、ほんまにしんどくて余裕ないんやと初めて分かった。これまで安部に負担かけてたんやなって。軽くしてあげたい、もっと助けないと、すごいそういう気持ちがいま強いです」


 そのときはまだCTBだったこともあり、〝活かす〟意識はさらなる責任感へと昇華された。


 そして、その1週間後の11月25日のリーグ最終戦、近大との最終戦で『10』番での出場を告げられる。


 「SOでいく可能性あることは知っていたんですけど、スタートからとは知らなかった。びっくりしましたね。

 攻撃的な形になるその可能性高いかなと」


 その読みどおり、チームは『カンガクウェイ』なる「走力×防御+攻撃力」のラグビーの実現を目指していく。鍛え上げたフィットネスをベースに人もボールも縦横無尽に動く。それにつれ必然的にSOとして、ボールを触る回数は格段に増えた。そうして80分間のプレーを通じて、春山のなかに司令塔としての矜持が芽生えていた。自分たちのラグビーを存分に発揮し勝利できた喜びもあってか、晴れやかな表情でプレーを振り返った。


 「すごい楽しい。意識してた、まわりを活かす意識ですねSOって人を動かして当たり前。動かしてナンボのポジションなんで。

 試合は難しいとこもありますけど、僕自身はしっかり果敢に。しんどいなかでもSOとして攻めていけたと。良い点数はあげられないスけど、自分がなぜSOをやっているのか、その意識は感じられてきました」


 春山のSO転身。それは彼自身にとっても、チームにとっても原点に帰る為の一手でもあった。人とボールが動くラグビー、そしてそれを実現すべく周囲を連動させることの出来るプレーヤーを、と。


 リーグ戦7試合を通じて自分たちのスタイルを形作ったのと同じくして、運命の巡り合わせは成された。


 「楽しいスね。この時期に新しいチャレンジをさせてもらえる。楽しいです」



 1試合とわずかながらもプレー経験を得て、SOというポジションへの理解も深まりつつあった。リーグ戦を乗り切り、春山は胸中を明かしていた。


 「自信はあまりないですけどもっと勉強して、考えて。アンガスさんの見る目は間違ってない、と。出来ないなら、やらせてもらえないと思うんです。そこは誇りを持って。

 SOと周りの連携ですね。こうして欲しい、ああして欲しいと思える部分が、SOになって初めて気づいたことで。

 活かされていたCTBのときの自分と重なります。(-仮にいまCTBに戻ったら?)もっともっとプレーの幅が広がると。SOでの修行を積んでからですけど」


 この上ない経験値の獲得が、一人のラガーマンとしてのさらなる成長をもたらしていた。


 チームの中心的存在だった男は、こうして今まさにチームの中心となってフィールドを駆け回っている。それはすなわち、良くも悪くも命運を託されていることを意味する。


 けれども、部内での役割はこれまでと何ら変わりない。ゲームにおける責任感は確かに増えるが、それ以外の部分。チームのムードメーカーとしての一面。


 練習終わり、試合終わり、チームが一堂に会する集合の場面では誰よりも声を張り上げ、雰囲気を明るくさせる。


 こんな場面も。大逆転劇を見せた京産大戦で、試合の流れを掌握した藤原組がいけいけムードに乗るなか、春山は相手をさらに突き放すトライを最後に決めた。沸きあがる歓声とともに、応援スタンドからはキャッチーなメロディーに「春山悠太」を絡めたコールが飛んだ。当の本人は、笑顔をはじけさせる。あのメロディーは。


 「MAX(沖縄出身のダンスグループ)の『Ride on time』を僕がずっと歌ってたんです(笑)去年とか、良いプレーしたら、コールやってくれて。今年あまり派手なプレーが出来てず(コール)してないな、って話になって。CTBの後輩たちも『今週やろう』と言ってくれてた。

 今シーズン、初めてですね。嬉しかったです。もっと聞けるように頑張ります!」


 『Ride on time』。直訳すれば、「時の流れに乗れ」。チームを上昇気流に乗せるのは司令塔の役目、加えてムードメーカーの春山悠太だからこそ、よりいっそうチーム全体が躍動する。


 この夏、「選手を活かす存在になりたい」と意気込んだラガーマンは、なるべくしてチームの心臓部となった。SOへのコンバート。そうして挑んだ全国大学選手権の舞台では思うような結果が出ず、その敗戦を一身に受けるかのように表情に影を落とした。


 しかし、いまのチームはもはや彼の存在なくして、自分たちのラグビーを実現できるに至らない。そう断言できる。藤原組にとってラストゲームとなる今週末の筑波大戦。見る者は、彼にこの試合でもチームの原動力となるプレーを望む。春山悠太、その人の最上のパフォーマンスを網膜に焼き付けよ。(記事=朱紺番 坂口功将)