『WEB MAGAZINE 朱紺番』
重田翔太『臨戦態勢、完了』
投稿日時:2012/12/09(日) 03:22
今か今かと待ちわびていた。けれども、いつまでも出番は来ない。この苦悩は彼にしか分かりえないのではないだろうか。重田翔太(人4)、葛藤から解放されたいま、スタンバイは整っている。
■重田翔太『臨戦態勢、完了』
諦めに似た気持ちが、彼の胸に忍び寄っていた。実に4試合分のフラストレーション。加えるならば5試合目のほとんども。おおよその合計390分もの間、彼はピッチに立つことなくグラウンドの横で試合を眺めていた。
「チャンスあるよ、あるよ、と言われて、無い。それが4試合続いて…このまま出番無いんちゃうなか、って」
大型バックローとして存在感を放ってきた重田。3年生次からトップチーム入りを果たすようになってきたが、それでも今年はリザーブでの出場が多く。「モチベーション上げるのが、しんどくて」と漏らしながらも、そこは最終学年の意気込みがあった。「4回生として思い切りやるだけ」と心に留めていた。
むかえた最後のリーグ戦。レギュラー入りを果たす。開幕戦は「18」番、リザーブとして試合に挑んだ。だが、ここから葛藤の日々が始まる。初戦、第2戦、3戦、そして第4戦と。試合のメンバーに選ばれるも出番は一切訪れなかったのである。試合中は、それこそ「自分が出ることよりも、チームが勝って欲しいし、怪我なく良い形で勝てたら」と思ってはいたものの、プレーへの思いは募るばかり。リーグ戦も半分を経過し、周囲からは「今日こそは」と声をかけられたが、良しと思えない自身がそこにはいた。
ずばりは、腐りかけていた。本人もまわりの人間も、そのことを分かっていた。しかし腐って気持ちが切れてしまえば、それまでだ。ふつふつと、いやもう沸点に到達していたであろう闘志を発散させる為の―ただ出番が、チャンスが、欲しかった。そうしてリーグ第5戦、神戸で行なわれた摂南大との一戦。ようやく「重田翔太」の名前が、読み上げられた。
試合は残すところ10分を切っている。FL徳永祥尭(商2)に変わっての出場。それでも、ピッチに立てることが嬉しかった。
ベンチから腰を上げ、サイドラインへ向かう背番号「18」の姿に、声援が飛ぶ。みんな分かっているのだ、彼が〝初めて〟出場することを。
その興奮は、ゲームの快勝も手伝ってか、試合後も続いた。重田に声がかけられる。やっと出れたね、と。その祝福に、満面の笑みで応える重田。はちきれそうだった辛さから解放され、口元からのぞく白い歯が隠れることがない。
「とにかく出れて嬉しかった。10分間、積極的に。チームがディフェンスを中心にやっているなかで、自分はタックルをして…ボールを持ったら前に。少ない時間やったけど、やりきれました」
あふれんばかりの闘志はハッスルプレーも生んだ。それも自身を傷つけんばかりの。この試合で重田は相手に強烈タックルを見舞う際に、負傷している。痛みはあったと話すが、それらもアドレナリンと歓喜によってかき消されていたに違いない。そして、この日のゲーム後に彼は頼もしく、こう語っている。
「4回生パワーで、何とかなるっス!!」
一度のプレータイムを経て、明らかに変わっていた。続く11月10日の京産大戦、またしてもリザーブとしてのトップチーム選出。加えて、前半が終わってリードを許していたゲーム展開に「(出番)無いんやろうな…」と戦況を見つめていた。だが、この日は試合そのものへの入り方が違った。ゲーム前のアップから気合は十分、出場機会に期待を抱き準備に励んでいた。「張り切ってました」
そして後半開始してまもなく、FL竹村俊太(人2)の負傷に際して、お呼びがかかった。「次、シゲ!と呼ばれて、『よし、きたッ!』と。ホンマに嬉しかったです」
ダッシュでピッチのなかに駆け込む。意気揚々としていた。「負けてる状況で。チームが下向いているときこそ、自分が声を出して前向きに、と。そこまで下向いてなかったけど、熱くなってて。冷静になれてない部分があった。チームとして修正できたらな、と」
後半40分間、チームは京産大と打ち合いを演じる。勝利の女神を惑わす、モメンタムの往来。関学も後半10分に逆転に成功し、自らミスを犯しても取り返そうと攻め立てる。17分、ノックオンで相手のスクラムに。ここで関学が見せたのは、勢いを引き戻すこん身のスクラムホイール。途中出場のルーキー・安福明俊(教1)が、スタンドからの喝采を浴びながら、FW陣から手厚く称えられる。この場面、安福は振り返った。「自分が押したことになってるんですけど…。重田さんが後ろから押してくれたんで。スクラムで勝てたことは嬉しかったです」
ガタイを活かしたタックルやアタックは重田の持ち味。運動量の多さも、本人は得意気に話す。後半40分間の出場を果たし「走り回れて、自分のプレーが出来た」と。だが、それだけではない。セットプレーでも激しく冷静に動くことが出来るのだと、この日のワンプレーは物語っている。
辛さから解放され、重田自身の心持は変化した。初出場を果たしてからのリーグ戦後半ではスタメン獲りにも意欲的な発言を見せることもあった。悔しくも、リーグ戦が終わりそれは叶わなかったが、ピッチに立つ喜びを全身で味わった以上、それを次も求める。
全国選手権への壮行会での壇上。彼は宣言した。「次も『18』番を着れるように頑張ります」。自虐も皮肉も込められているだろう。しかし見方を変えれば、レギュラーに居続ける覚悟は出来ているということではないだろうか。
彼ならば、出場機会がどういう形でも闘志を全面に出してくれる。本人は思っているはず。監督、コーチ。戦う準備は出来ています。「重田翔太」の、オレの名を呼んでください―、と。■(記事=朱紺番 坂口功将)