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『WEB MAGAZINE 朱紺番』

中西健太『カムバックは、喜びに包まれて』

投稿日時:2012/12/05(水) 02:36

 そこは自分がいつもいた場所だったのに。もはや手の届かないとこに自分は着いてしまった。それでも彼は戻ってくる。リーグ最終戦、中西健太(経4)が帰ってきた。

 

■中西健太『カムバックは、喜びに包まれて』
 

 

 「ケンタさんのファースト見せてくださいよ!」
 

 それは、ずっと言われてきたメッセージ。ともに同じカテゴリーの、同じチームで戦ってきた後輩からの激励でもあった。「一緒に出れたらエエな」なんて返しつつ、自分のなかでも朱紺色のジャージへの思いを募らせていた。かつてはリーグ戦になれば必ずといっていいほど身に纏っていた、トップチームの証。今年は、置かれた状況が違った。


 今年の5月、彼の身体に生じていた異状は極限まで達し、そして崩れた。腰のヘルニア。昨シーズンから痛めていたが、ここにきて限界を超えた。その症状は、ラガーマンとしてプレーに支障をきたすどころか、普段の生活さえままならないほどのものだった。


 「電車に乗って座っているときなんか、降りたい駅で降りれないくらい。寝てて起き上がるときも痛みが半端じゃなくて」


 上半期は、投薬と注射を重ねながら過ごす日々が続いた。


 「嫌でしたね。ラグビー出来へんかもしれんって。正直復帰できるんかな今年は無理なんかな

 弱気になるのもやむなし。日常生活のちょっとした苦痛と、手から離れた楕円球への寂寥の思いが、彼の心を蝕んでいった。



 中西健太。尾道高校出身。ポジションはSH。1年生次からレギュラー入りを果たし、トップチームの一員として常に戦ってきた。だが、4年目にして、立場は急転した。5月以降はグラウンドから外れざるをえない状況に置かれた。


 「4回生として、大学でメインの年に自分が出れてない。焦りと悔しさと。それが空回りしてました」


 くさりかけていた時期もあったと言う。けれども、チームの仲間たちの存在が、彼を支えた。


 「慎ちゃん(藤原=商4=)にヤス(安田=人4=)、みんなが僕を励ましてくれたり。安部ちゃん(経4)も怪我で途中から一緒にリハビリすることになって、2人で励まし合って。一人やったら、腐ってたと思います」


 懸命にリハビリに励むこと4ヶ月。リーグ戦もちらつく頃、練習時のグラウンドには中西健太の姿があった。久しぶりの楕円球を操る。試合ならずとも、ただボールを手にすることが出来る喜びが全身につたったか、笑顔をはじけさせていた。


 そんななか、リーグ開幕を2日後に控えた夕方の練習に、あるOBが姿を現す。その先輩とは芦田一顕(人卒)。絶対的エースSHとして大学1年生次から活躍、関西連覇の中心選手の一人であった男。いまトップリーグのサントリーに所属する彼が、関西遠征(翌日、試合メンバーには入っていなかったが、近鉄戦が花園で行なわれた)に際して、後輩たちへ激励にかけつけたのである。


 その芦田は、中西にとってともにレギュラーに属し、そして背中を追い続けてきた存在。かつては「自分は『芦田教』ですから!」とまで言ったこともあるほど。先輩の登場に中西は目を輝かせる。


 「芦田さんを見て育ったようなもんです。もう全てが憧れ。大学時代の芦田さんみたいなプレーを目指しています」


 当人からは「どうした? いけるやろ~」と、声もかけてもらい気持ちも充填。シーズン深まる秋、中西の復帰のお膳立ては整った。



 プレーは出来るようになった。グラウンドの外からチームを眺めていた頃とは違う。しかし、中西のなかで新たなジレンマが生じた。


 「全然あかんくて。普通にダメでした。100パーセント出しているのに、いきたいレベルのプレーが出せない。今までのレベルに届かなくて」


 トップチームに選ばれ続けただけのパフォーマンスが自分には備わっている、その自負はある。コンディション、ブランク、モチベーション、といった要素のちょっとした狂いや欠落が、理想と現実のギャップを生んだ。苛立ちと苦悩が混ざる日々。


 だが、それらもプレーをしていくなかで時間とともに解消された。本人も、自身のパフォーマンスに手応えを感じるようになる。ジュニアチームで数試合の出場を果たし、そうして迎えたジュニアリーグ優勝のかかった試合。スタメンで出場するや、「良いテンポでいけて」と自身も満足のいくプレーを見せた。


 パフォーマンスを取り戻したSHをチームは待ち望んでいた。中西は照れくささも見せながら話す。


 「自分は『変わらん』と言ってたんですけどね(笑)。みんなが『健太が入ることでテンポが良い』って監督・コーチに言うてくれて。そう言ってくれてるのは、ありがたいことで」


 チームが自分たちのスタイルを突き詰めていくという方針に沿った際に、加えたいアクセントの一つだったに違いない。左右へ人とボールをつたわせるなかで〝テンポの良さ〟はプラスになる。そうして11月25日、関西大学Aリーグ最終戦。メンバー22人の表に、中西健太の名が記された。



 事前に通達されていた。出番は後半の初っ端から、と。「後半の頭から。その準備しかしてなかった」と中西。だが、前半40分を同点で終え不安にもなった。「出してもらえるんかな


 そんな心配もよそに、ハーフタイムでマコーミックHCが号令をかける。「ケンタ、出るよッ!」


 「よし、出れる!」。朱紺のジャージを着た中西がピッチへと繰り出す。ここが、彼の居場所だ


 「今までのAチームで出れなかったうっ憤を全部、近大にぶつけれた」。もとよりポイントが出来れば真っ先に向かい、ボールを捌かなければならないポジション。走れて当然、ボールを配ってなんぼ。そうしてチームに躍動感を与えることが求められる。それゆえにフィールドの至るところで中西の姿が目立った。後半40分間、関学が見せた矢継ぎ早のアタック。それは、SHが刻んだ早いテンポによってもたらされたことも一理あるだろう。


 だが実のところ、プレー面に関して不安点があったのも事実。中西は告白する、「いけるか自信なくて」。逆に言えばSHのポジション柄、まわりのメンバーとの呼吸が合わなければ、いくらリズムを早めようともズレが生じてしまう。トップチームとのゲーム勘に隔たりがあることが本人のなかで懸念材料としてあった。


 近大戦での胸中。「合わせられないから、ヤバいかなと」。ただ「みんなが合わせてくれた。それに頑張ってついていけた」のだと。離脱したメンバーを鼓舞し、復帰を進言し、そして試合中もカバーしてくれたのは、まぎれもない、チームの仲間たちであった。


 リーグ戦の最後40分間の出場。それだけでも、この場所に帰ってこれたことが嬉しかった。「やっと、ね。むちゃくちゃ楽しかった。これまでで一番、楽しかったです」


 ゲームが終わり、選手たちはグラウンドから去り、観客席からも人影が消える。最後の一人となった中西も、ロッカールームへと引き上げようとする。そのとき、だ。スタンドからかけられた声が、スタジアムに響き渡る。


 「ケンタさーん!!」


 スタンドの上段にいたラグビー部員が手を振る。中西がはにかみながら言う。「あの子が、ずっと『ファースト見たい』って言ってくれてた浅井くんです」


 喜びは人と人とのあいだで共有される。試合後のそのワンシーンは、夕日に照らされてか、いっそう煌めいていた。(記事=朱紺番 坂口功将)