『WEB MAGAZINE 朱紺番』
安田尚矢『ヤスの勝利哲学』
投稿日時:2012/07/16(月) 21:16
かつて、リーグ戦を目前にただ一人冷徹な眼差しでチームの状況を口にした男がいた。「勝ち切れる自信も無ければ負ける不安もない」―そうとまで言い放ったFL安田尚矢(人福4)はラストイヤーを迎え、そして副将として、藤原組をどう捉えているのか。彼自身の勝利哲学を交え、チームの現状をひも解く。
■安田尚矢『ヤスの勝利哲学』
1回生次の彼の目に映っていたのは、理想とも言える姿だった。当時の4年生たち、小原組が見せたラグビーへの取り組み方、目標に向かって突き進む姿勢。
「4回生が本気だったから。このままでいいのかと必死で、目標に向かって常に考えていた。下の僕らも、この人らの為に出来ることが無いかな、と。最後の方は、自分が4年生ちゃうかなと思えるぐらいの気持ちでいたんで(笑)」
誰しもやる限りは、本気でかつ楽しくラグビーに興じたいと思う。そのためにも白星という結果は一番欲するものである。
「(ラグビーは)中途半端じゃ勝てない。どれだけやったかが点差に出てくる。
やっぱり…試合に勝ったら嬉しいですから」
春シーズン、関西の大学相手に負けることがなかった小原組。それに倣うように、今年の藤原組はこの上半期、上々の結果を挙げた。それもあってか、安田は満面の表情を浮かべる。「ラグビー、楽しいですよ!」
その充実感の傍らで、安田は自身の勝利哲学を持ってしてチームの現状を辛く話す。全ては勝利の為に、だ。成長過程にある藤原組の上半期を振り返るなかで、外せない一戦がある。喫した唯一の黒星、6月16日の関大戦。それは金星の翌週の出来事だった。
「なんぼ強いとこに勝っても、格下に負けたらそれが実力。天理に勝って慢心したのが、関大戦の負けの理由。浮ついてた…ビックゲームに勝ったあとが大事やと思ってたのに。自分が怪我したのも、浮ついてたのかな…と」
天理大を相手に挙げた3年ぶりの白星、それはチームに自信を植え付け同時に過信にも至らしめた。連勝街道の功罪ともいえる、その上調子を引き締めることを、分かっていながらも出来なかったことを安田は悔やむ。その後悔も仇に、チームは黒星を喫した。雨中の一戦、怪我で離脱しスタンドから観戦した彼の目にはどのように映っていたのか。
「持てる力を出せんと負けた。なめてかかったトコもあるやろうし、雨も降って、点が取れないのも焦りを生んで。
それに…声を出すやつがいなかった。グラウンドの中が静かで、外のスタンドの方がうるさかったくらい。ゲームでは、相手がPG狙ってくるとか想定出来ず、準備不足もあって…そういうときに声を出して修正する奴が大事になってくるのに、慎ちゃん(藤原=商4=)と悠太(春山=文4=)くらいしか声出してなかった」
ここに安田が考える勝利哲学がある。キーワードは『準備』と『修正』の2つ。それはチームに訴えるものを意味している。
試合中、安田がチームに対して声を上げ、意見を口にする姿がよく見られる。レギュラー入りした1年生次から最高学年になった現在も変わらない。「1年のときからうるさかったです」と笑いながらも、断言する。
「何を思われてもいいんで。僕の言うことが勝利につながるのなら。1回生やからって関係なく。これでイケるなら行こうと言うし、負けるなヤバいなと思ったら口うるさく言う」
意見をぶつけることで気づくものもある。軌道修正につながる点も出てくる。それは、勝利への『修正』のための発言なのだ。関大戦を踏まえて「強い相手になればなるほど、想定外の場面も多くなってくるやろうし」、そのときこそ声を出せる存在が必要なのだと安田は話す。
「(そのような存在の)FWがいない。僕とマル(丸山=社3=)がずっとしゃべっている。フロントローは返事するくらいで、バックローはしっかりと仕事するタイプなんですけど…」
ゲーム中に好展開へと『修正』する為にも、発言力がチーム内に浸透して欲しいところだ。
そして、もう一つは『準備』の必要性。『修正』にも通ずるもので、勝利へのイメージをいかに具現化するかを指す。安田自身のなかで、それが培われたのは高校時代。京都成章高で『準備』の大切さを身につけたのだと言う。
「分析とか、勝つ為のことを考えて…具体的な準備をすれば勝てることを知った。勝つ為のイメージを持って、それだけでは勝てないので、その為の準備をする、一番大事っスね。
準備することで、試合中に予想外の展開がきても、違う修正が出来る。修正できなかったら切り替えられないけど、対処できる引き出しを持っておくことが勝つ為に大事なんかなと。
どうすればいいかを常に考えてて、練習でも受身でやってて負けたときの後悔を考えたら、勝つ為の準備を、と。とことん負けず嫌いが高校に集まってました(笑)」
貪欲なまでに勝利を追い続ける、その意欲が安田尚矢というラガーマンを構築している。その彼の勝利哲学―ただひたすら勝つ為の『準備』をし、それをもってして『修正』が図れ、勝利という結果が生み出すことが出来る、ということ。
自身の考えを持ってしてラグビーと向き合っている。だからこそ、自分の意見を口にすることも厭わない。2年生次、緑川組としてリーグ戦を目前にしてのこと。チームの現状について「『勝てる根拠』をつけるために準備を」と訴えた。勝てる自信も無ければ、負ける不安もない。確信たるものが当時のチームにはまだ無かったのだ。果たしてFWのセットプレーの強さが『勝てる根拠』となった。
それでは今年はどうか。磨かれたディフェンスは『根拠』になるか?
「勝つイメージ…はまだ無いですね、まだ無い。自信がつくほど、まだ結果出てないし。天理大も勝ったけど、相手はフルメンバーじゃなかったし、日本一目指しているのに慢心している部分もあるだろうし。日本一を目指せる立ち位置にいない。結果出れば『根拠』も出てくると思うけど…まだまだ不安ですね。
秋に天理大に勝てるかと聞かれたら、もちろん勝てると言うけど…正直五分五分だと。
『根拠』がついたら、あとはやるだけ! 楽しむだけ、その一本だと」
安田が話す『根拠』がはっきりしていた代、それが小原組だった。FW陣の攻撃力を絶対的なまでに磨き、遺憾なく発揮するだけ。あの代が、どこか楽しげにプレーしていたのは確固たる根拠があったからなのだろう。攻めれば勝てる、という。
「接戦に持ち込める自信はある。アタック力あるチームに対しても3トライ以内には。ただディフェンス力あるチームに対して3トライ取れるかは自信無いので。これからアンガスさん(マコーミックHC)に教えてもらいます」
上半期の結果も、頂への過程に過ぎない。さらなる成長が必要と、チームに期待する部分は期待し、足らぬ部分は辛く口にする。
「関学は優しくて、おとなしい子が多い。毎試合ケンカするくらいの気持ちでやってたら、関大戦の負けも関東学院大戦の出だしも無かったかなと。
もっと危機感が欲しいっス。春勝ったし、成長の実感もある。けど、まだまだこんなんじゃ足りないと」
かつて1年生ながら、最高学年の気概で臨んでいた。これが最後という思いが増幅させる勝利への渇望、あの頃の感覚が今の彼の胸には再び宿っているという。
「一日一日を大事にせなアカン。勝ったときの喜びを味わったのもあるし、やっぱり結果残したら鳥肌立つくらい嬉しい。あの為に勝利を目指している。ただ、日本一になったことが無いぶん、日本一になりたい!」
勝利を欲する理由。積み重ねた先にチームの目指す頂があることは言うまでもない。けれども、その発端をたどれば、一人のラガーマンの純粋な思いに行き着く。
「負けるのだけが一番嫌なんです」
だから、安田は次の試合でも厳しくチームに説くのだ。勝利への提言を。■(記事=朱紺番 坂口功将)