大きくする 標準 小さくする

『WEB MAGAZINE 朱紺番』

松延泰樹『エースWTBは、上昇気流に乗って加速する』

投稿日時:2012/06/26(火) 02:29

 緊迫感が頂点に達しようかといわん時、勝負を決めたのは今やチームの絶対的存在となったエースWTBの一撃だった。今年、副将を務める松延泰樹(商4)のレベルアップをここに記す。

 

■松延泰樹『エースWTBは、上昇気流に乗って加速する』
 

 

 視界が悪かったことは覚えている。それは、スコールのように降り注ぐ大雨のせい。そのなかを、朱紺のジャージが駆け上がってくる。写る被写体は一つ。雨中の独走シーン。もはや目の前に誰もいない、インゴールだけを捉えたそのときの彼の視界は晴れ渡っていただろう。
 

 それは〝WTB〟松延泰樹の出発点といえる2010年6月13日の六甲ファイティングブル戦のこと。この日決めた独走での1トライから、彼は徐々に存在感を放ち始めた。その2年生次はトップチームに長野・松野尾の不動の両WTBがいた為、アピールも敵わずシーズンを終えたが、ブレイクしたのは去年の3年生次。関学BKのなかでも抜き出る体格の良さを武器にプレーヤーたちの密集もお構いなし、チーム内でも「3、4番手」と自負するスピードも相まってフィールドを縦横無尽に駆け回った。その活躍ぶりが松延泰樹のWTBとしての評価を不動のものにした。それはラストイヤーとなった今年も揺るがない。ブレイクして2年目、当時を振り返るとともに今の胸の内を彼はこう明かす。


 「WTBのミスって責任がある。取り切れるときにノックオンしたり1コ1コのミスがデカい。色んな面でプレッシャー感じてて。(失敗して)4年生に迷惑かけてしまうというプレッシャーもあった。

 今も変わらずWTBとしてのプレッシャーには不安スけどビビってても一緒なんで。ミスしたらプレーで取り返そう、4年生として引っ張ろう。そう思っています」


 プレー1つ1つが勝利をたぐり寄せる使命を帯びているポジションだからこその責任と重圧。それらを自身のなかでモノにしている、それこそが松延の強さなのだろう。デカい。体躯もさることながら、その存在感が。


 最上回生として就いた副将の役目も、彼自身をさらに助長させるものになっている。リーダーの経験などこれまで無かったのに、と照れながら松延は話す。


 「全く無い。今まで3年間、練習中もちょけたりで(笑)。

 そんな奴だったんで、口で言っても。それより行動で! 声出したり、足使って引っ張ったり。人から見て、変わったなと思われるような」


 上昇カーブを描き続ける背番号14の姿がピッチで光る。ボールを持てばトライへつなげる、その決定力はもはや折り紙つき。だが今シーズン5月13日の青学大戦で決めたトライからしばらく、得点シーンを飾ることはなかった。エースWTBが音沙汰なし、そのなかでチームも今季初黒星を喫した(6月16日関関戦)。そうして藤原組は強豪・関東学大戦を迎えた。



 6月24日の関学第2フィールドは、異質な重苦しさが漂った。それはこれまでの経験したどのゲームとも異なるもの。天理大戦の緊迫感とも違う。なぜならゲーム開始から、藤原組はほとんどボールを触ることなく、ただひたすら自陣で耐えるだけだったからだ。パスの乱れから一気に攻めたくられ招いたピンチ。それでも、チームの見せ場に変えてしまう強みが今のチームにはあった。テーマの『ディフェンス』はこのときに発揮される。人員総動員のモールもゴールラインを割らすことはない。前半も半分を消化したところでピンチを脱出、ハーフウェイラインあたりまでボールは動き、ウォーターブレクに入った。このとき主将・藤原慎介(商4)は集合をかけ、ポジティブな声がけでチームを鼓舞した。「ディフェンスから心折ったろう」。防戦一方なのは確かな事実であるが、得点を許していないのも事実。耐えしのぎながらも、相手が「攻め疲れている」(藤原)のを感じるまでに強固な意志を持ってゴールラインを守り切った。


 ワンチャンスを手中に収めた者が勝つ。一つのミスが命取り、一つのトライが勝利に直結する。試合は両チームが2トライずつを奪い、その差はコンバージョンの2点のみという状態で終盤へと突入する。残すは10分ほど。


 一瞬の隙だったか、積極的な姿勢が生みだしたチャンスだったか。後半74分、敵陣深くでの相手スクラムから陣地挽回で相手が蹴り出したボールはハーフラインまで戻るが、キャッチするや否やクイックスローで関学はプレーを続ける。ここからテンポよくパスをつなげ、ボールは最後、もっとも端で構えていたWTB松延に渡った。


 「自分の前がFWやったんで。勝負してみよう、と」


 楕円球を手に加速し、詰め寄った相手ディフェンダーをさらりとかわすと、そこからギアを上げさらに加速。無人のインゴールへ飛び込んだ。


 試合を見つめていた関学全部員がエースそしてリーダーに寄せた、期待に応えた1トライ。試合を決定づけるに十分な一撃だった。



 試合後、松延は安堵の表情を見せた。


 「関大に負けて、一からのスタートで(シーズン当初からの)連勝のプレッシャーも無くなったし自分らはチャレンジャーだということで。勝てたことは良かった」


 前節敗戦から一転し、勝利を収めたことへの喜び。そしてチームとして練習の成果が出せたことへの納得。試合を通じて見せた必死のディフェンスはBKも同じだった。昨年からさほどメンバー変更されることなく成熟極めるBKも強固な防御網を敷く。「セットプレーから抜かれたことは無くて。その点でBKのディフェンスは悪くないと」と自信を強める。そのなか、相手が展開しても、最後の1対1、〝大外〟松延がタックルで仕留め、サイドラインへ押し出したシーンもこの日の関東学大戦では見られた。


 攻守両方の場面で存在感を増す松延。BK陣とともに、さらなる上昇気流に乗る。


 「アタック面ではコーチ陣からもBKは中盤からどんどんいくように言われてて。今のBKはデカさもあるので、ボールに触っていけと。そこから展開もキックも、サインプレーも。

 アンガスさん(マコーミックHC)が、テンポでつないでつないでの形が合っていると仰ってて、オフロードでつなぐ意識を。練習で出たことが出せている。

 自分は、端っこにおらず走り回って常にボールを触れと言われているので。SHから直接もらったり、とどんなとこでもボールもらっていくことを心がけていきます」


 個と組織。双方のレベルアップが、相乗効果を織り成している。藤原組の成長曲線の要因はそこにある。その最たる例が、背番号14、ポジションはWTB、松延泰樹、この男なのである。(記事=朱紺番 坂口功将)